認知症の質問を受けつけます。

 横浜市青葉区にあります緑協和病院の成川と申します。これからは皆さま方の貴重なご意見を拝聴しながら、認知症の治療に取り組んで行きたいと考えておりますので、よろしくお願い申し上げます。

 先ず認知症と昨今言われている概念ですが、大雑把に言えば、脳血管性認知症(VD)と、これまで老人性認知症と言われていた病状は次のように分類されています。つまり、アルツハイマー型認知症(ATD)、ピック病もしくは前頭側頭型認知症(FTD)、さらにレビー小体型認知症(DLB)と言われているものに大別されます。
これからも時代の進展とともに認知症の病型はさらに細分化されていくと思いますが、現時点では上記の病型分類で事は足りると思います。診断と治療法は未だ十分には確立されてはおらず、専門医の間でも、かなり意見は別れています。それでも私たち臨床医は学会文献にのみ、とらわれず日々の診療を通じて、その指針とすべきものは患者さまの訴えや、ご家族さまの介護苦労や時に医療不信にも出来る限り何かしらの道しるべを一緒に見出せないものかと考えて、このBlogを立ち上げました。

 それでは、これからBlogで頻回に使われる用語の説明をします。

(1) アルツハイマーのピック化
アルツハイマー型認知症にピック病 (前頭側頭型認知症)の合併した病状で物忘れが中核症状のアルツハイマーに加え、暴言妄想が中核のピック病が合併した症状をピック化と言います。
(2) アルツハイマーのレビー化
アルツハイマー型認知症にレビー小体型認知症が合併した病状で、物忘れに加え幻覚やうつ症状さらにパーキンソン症状が付け加わった病状です。
(3) レビー・ピックコンプレックス
レビー小体型認知症にピック病の合併した病状で暴言妄想に加えパーキンソ症状さらに薬剤過敏症状(風邪薬でもアレルギー症状が強く出る、これがレビー小体型認知症の特徴の一つ)や睡眠障害(REM睡眠障害)等が見られる病状です。
(4) その他
脳血管障害にアルツハイマーの合併や、脳血管障害にピック病もしくはレビー小体型認知症の合併とか、ともかく一口に認知症と言っても、その病型は複雑多岐にわたり私たち臨床医を悩ませているのです。
 
 以上、簡単な説明ではありますが、より詳細な事はご質問にて承ります。
それでは皆さま方のご質問、アドバイス、その他叱責等も多数頂けます事を希望して止みません。

これまでに寄せられたご質問をまとめております。
左のカテゴリよりご覧下さい。



☆こちらに記載されていた脳内ホルモン性格テストは、脳内ホルモンのカテゴリに入っています。


ご質問と回答


診察室からコンニチハ


断章(日々の思い)に続く


哀しみの果てに


想い出は風の彼方に


認知症詩集


美しい老後を迎えるには

診察室からコンニチハ(39)

「さらに、ご無礼を承知で申し上げれば筆者の視点が常にずれているのですね。時に患者さんの視点だったり、医師の視点になったりと目まぐるしいのです。ある程度は視点を定めて、医師の見解を述べたいのであれば患者さんが医師から説明を受けた体裁を取るべきなのです。それにメインテーマが認知症であるなら、もっと認知症に関するエピソードを詳細に記述する必要があるのではないでしょうか?」
「そ、そうなんですね」
私は戸惑いながら溜め息まじりに答えた。
「もう少し、お話を続けても良いですか?」
川島さんは追い討ちをかける様に続けた。
「小説を書く上での筆力が足りないですね」
「筆力?」
私の怪訝な顔に、川島さんは…
「文章の表現力とでも言ったら分かりやすいですかね」
と、まるで駄目押しの様に付け加えた。結局は作家としての才能がまるで無いと言われたのと同じた。
返す言葉もなく、私はただ俯(うつむ)くだけだ。
「ともかく幾度でも書き直して下さい。納得の行く原稿が出来上がったら、また見せて下さい。それまで一年でも二年でも待ちますから…」
そう言って彼は、出されたお茶を飲み干した。
私は返す言葉もなく、うな垂れたまま…
「今日は、お忙しい中をわざわざお越し頂き有難うございます。私なりにもう一度頑張ってみます」
そう言って彼を送り出した。笑顔を取り繕っていたが、私の心の中は今にも泣き出しそうだった。彼が帰った後の私は、しばらく放心状態のまま何も手に付かなかった。
次回に続く

診察室からコンニチハ(38)

待ちに待ったS出版社から電話が入ったのは、9月初旬で猛暑の夏は未だその勢いを少しも緩めてはいなかった。4日後の火曜に病院に訪問しても良いかとの確認だった。午後3時からなら都合がつくと私は答え、互いにのスケジュール調整が了解出来た。S出版社に出向くと言うのではなく、向こうから訪問して来るとの話に私の夢は大きく前進した。
そして火曜の午後3時、その少し前にS出版社の50歳代と思われる男性・川島(仮名)さんが院長室に入って来た。その手には私の小説「霜月の夕暮れ」が握られていた。かなり読み込まれたらしく、綴られたプリントは相当に傷んでいた。
川島さんは、先ず出されたお茶を少し飲んで話しを始めた。
「とても興味深く読ませていただきましたが、このままでは小説になりにくいと思います」
私は川島さんに詰め寄るように、
「文章が稚拙だからですか?」
と、尋ねてしまった。
「いや、それよりは小説の形態をなしていないのです。認知症とは何の関係もない話が随所に出て来ます。それぞれの話は面白いのですが、これは明らかに脱線しているとしか思えない個所が多すぎます。さらに雑誌記者の話が出てきますが、現実の雑誌記者の生活や収入はご存知ないでしょう?…いくらフィックションといっても余りに現実離れした設定では、この作家は随分と不勉強であると読書に見破られてしまうのです。そうなると、折角丁寧に書かれている認知症の部分にまで、読者の不信感が生まれてしまうのです。その意味では、ご自分の経験や専門知識に熟知した事を基盤にして筆を進めて行くべきなのです」
と、川島さんの批判はかなり厳しい。私は頭を下げて聴いているだけだ。そんな私の姿を見て、川島さんは幾らか遠慮ぎみな口調になった。それでも彼の舌鋒は衰えない。
「もう少し話を続けても良いですか、余り気にしないで下さいね」
私は素直に頷くしかなかった。
「宜しくお願いします。川島さんのお説は一々ごもっともだと思いますので、どの様な忠告も喜んで受け入れます」
そうは言ったものの、私はかなり傷ついていた。
次回に続く

レビー小体型認知症の父の娘さんへの回答(4度目)

再度のメールを拝読させて頂き、同じ医師として慙愧に耐えません。"Nフォレストクリニック"にしても当初は真摯に患者さんを診ていたのでしょうが(私も彼の講演を聞きに行った事はあるのですが…)、何処かで脱線し始めています。とても残念な思いで医師としての彼の行く末を案じています。日本認知症学会でも、学会の反逆児としての彼には心の奥で拍手を送っていた時期もありましたが、今の私の心は彼から遠く離れています。あるサプリメントの会社と手を組んで、かなりの脱税で逮捕された事実を聞かされた時は、彼も行き着くとこまで医師のモラルから脱落したものだと嘆いていました。
まあその様な中傷的な話は止めにします。他人を中傷することは自らも貶める事に繋がりますから。
それらはともかくとして、我が国には認知症に精通する医師はこれ程までに貧弱なのかと改めて思い知らされました。患者不在の医療とは何のか、同じ医師を業とする人間として、心が寒くなります。消化器、循環器、呼吸器、その他に医学的成果は数多く見られるものの、精神科領域、認知症などの領域での医学は未だ余りに未熟です。自閉症、うつ病、統合失調症など、何故か内科の私が多くの相談を受ける事が多々あります。専門外である私は、専門医の医師たちと話し合う時間を多く取る努力をしています。その中で専門医であるから、その道に通じているかと云うと、必ずしもそのではない例を多く見聞します。人間の心の問題は余りに奥が深いのです。認知症と云う学問も難解です。単にアルツハイマー型認知症とか、レビー小体型認知症、もしくはピック病とか、そんな単純に病名など付けられる訳はないのです。MRIなどの画像診断で簡単に診断がつく訳でもないのです。人間の脳神経細胞に起こっている変化は限りなく未知なのです。その事を多くの医師は謙虚に受け止めるべきなのです。しかし、悲しい事に不勉強な医師に限って安易な診断と安易な投薬をしてしまうのです。
そして何の反省もなく、「認知症が悪化したとか」
「何分にも高齢ですから」などと、
恥知らずな弁解を重ねているのです。ともかく、今回頂いたメールを読んでいますと、余りに厚顔無恥な医師の群れに驚き呆れるばかりです。本当に志の高い医師を探すのは容易でない事が胸に切々と感じます。しかし、必ず納得の行く医師との出会いは見つかると思います。
私の「診察室からコンニチハ」のブログを読んで頂けると、私が日頃どの様な態度で「認知症治療」に取り組んでいるかを、ある程度は理解出来ます。緑協和病院にご連絡を頂ければ、「脳トレ」や「認知症患者さんとの接し方」等の資料を無料で送付します。ご希望であればご連絡ください。227-0036 横浜市青葉区奈良町1802 tel 045-962-6666
成川 有一 宛
一様ご参考までに三重県の認知症専門医を紹介します。しかし、現実にその方たちと直接な関係を持ち合わせていませんので、医師としての能力や人間性については分かりません。医療の本質は人間性にあるものと、私は考えていますので。

「日本認知症学会認定専門医」
<三重県>
・岩崎 靖
小山田記念温泉病院 神経内科(月-土)・もの忘れ外来(月・水・金)
〒512-1111 三重県四日市市山田町5538-1
【TEL】059-328-1260
※毎週月・金曜日の「物忘れ外来」を担当しています。予約制ですが、当日受付も可能です。紹介状は必要ありませんが、内服薬があれば薬剤情報か実物を持参して下さい。家族の方と受診していただけると診断の参考になります。神経学的診察、頭部MRI(VSRAD)、脳血流シンチグラフィ、脳波、高次脳機能検査を適宜行います。認知症と診断された方の治療だけでなく、正常や軽度認知障害と判定された方も含めて、全ての受診患者様を定期的にフォローしています。特殊疾患療養病棟では認知症、神経変性疾患患者様の入院にも対応しています。
・大西 丈二
南島メディカルセンター 
〒516-1306  三重県度会郡南伊勢町慥柄1番地1
【TEL】0596-72-0001
※平成25年6月から診療開始しました。外来は内科初診と合わせ、(木)9:00-12:00(11:30受付終了)に行っています。詳しくはお問い合わせください。
・小川 裕行
おがわ脳神経外科クリニック
〒514-0061 三重県津市一身田上津部田1414-1
【TEL】059-221-0234
※外来受診は当院診療時間内であれば随時可能です。出来れば、普段の様子をよくご存知のご家族と一緒に受診して下さい。
・笠間 睦
榊原白鳳病院
〒514-1251 三重県津市榊原町5630番地
【TEL】059-252-2300(代表)
※ ※完全予約制を実施しておりますので、受診をご希望の場合は、事前にお問い合わせください。入院治療は行っておりません。
・木田 博隆
① 三重大学医学部附属病院 神経内科物忘れ外来
〒514-8507 三重県津市江戸橋2-174
【TEL】059-231-6027
※三重県立総合医療センターにても物忘れ外来をおこなっています。
② 三重県立こころの医療センター 物忘れ外来
〒514-0818 三重県津市城山1丁目12-1
【TEL】059-235-2125(代)
※ファックス:059-235-2135
・葛原 茂樹
町立南伊勢病院 神経内科外来
〒516-0101 三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦2969
【TEL】0599-66-0011
※認知症一般、アルツハイマー病、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、およびパーキンソン病、筋萎縮症、多発性硬化症などの神経難病の診療を行っています。
※専門外来で診察日が決まっているので、あらかじめ電話して予約してから受診してください。
・小久保 康昌
① 町立南伊勢病院 神経内科
〒516-0101 三重県度会郡南伊勢町五ヶ所浦 2969
【TEL】0599-66-0011
※診察は、予約制となっています。受診をご希望の場合は、事前に各施設にお問い合わせください。
② 志摩市民病院 神経内科
〒517-0603 三重県志摩市大王町波切 1941-1
【TEL】0599-72-5555
※診察は、予約制となっています。受診をご希望の場合は、事前に各施設にお問い合わせください。
・小長谷 正明
国立病院機構 鈴鹿病院 神経内科
〒513-8501 三重県鈴鹿市加佐登3 2 1
【TEL】059-378-1321
※病院のホームページはhttp://www.hosp.go.jp/~suzukaww/です。
・佐藤 正之
三重大学医学部附属病院 神経内科専門外来 「物忘れ外来」 (内線5496)
〒514-8507 三重県津市江戸橋2-174
【TEL】059-232-1111
※認知症医療学講座の教官が、神経内科専門外来の一つとして「物忘れ外来」を担当します。完全予約制ですので、受診時は予め電話にて予約をお取りください。またかかりつけ医をお持ちの方は、主治医からの医療情報提供書を当日ご用意ください。
・冨本 秀和
三重大学医学部附属病院 神経内科
〒514-8507  三重県津市江戸橋2丁目174 
【TEL】059-231-5295
※外来受診には担当医の紹介状が必要です。
・三室 マヤ
尾鷲総合病院 神経内科
〒519-3693 三重県尾鷲市上野町5番25号
【TEL】0597-22-3111
※外来受診には紹介状が必要です。(かかりつけ医などからの紹介状をご持参下さい) 
※外来受診は完全予約制のため診療予約が必要です。電話で受診の予約をして下さい。 
(尚、当院には常勤の神経内科医がいないため、入院治療は行っていません)
・三原 貴照
三原クリニック 脳神経内科
〒三重県四日市市日永西3-1-21
【TEL】059-347-1611
・脳神経内科診療時間内はいつでも初診受付しています。初診の電話予約や他院・入所施設からの初診予約はお取りしていません。再診予約制のため初診の方は待ち時間が長くなる場合もあります。
・紹介状は不要ですが、内服薬があればお薬手帳をお持ちください。また必ず家族と受診ください。
・初診日に診察を行い、診察結果にあわせて採血・神経心理検査・頭部MRI(VSRAD)を当日あるいは後日もの忘れ外来日(火曜日・金曜日の13時~16時)に予定します。
・入院施設はありません。
・内科疾患、神経難病にも対応しています。
・詳しくはhttp://www.mihara-clinic.com/をご覧ください。
・村松 正俊
桑名西医療センター 脳神経外科
〒511-0819 三重県桑名市北別所416-1
【TEL】0594-22-7111
※担当外来 月・水・木・金です。脳神経外科の外来で紹介された患者さまの診察を行っています。現在外来がかなり込み合っており、診察までにしばらくの時間をいただいております。かかりつけ医からの紹介状・画像をお持ちください。
・森 恵子
小山田記念温泉病院 神経内科(月ー土)・もの忘れ外来(月、水午後、金)
〒512-1111 三重県四日市市山田町5538-1
【TEL】059-328-1260
※水曜午後と金曜日の「物忘れ外来」を担当しています。水曜午後は完全予約制となりますので、電話にて受診の予約をして下さい。紹介状は必要ありませんが、内服薬があれば薬剤情報か実物を持参して下さい。家族の方と受診していただけると診断の参考になります。神経学的診察、頭部 MRI(VSRAD)、脳血流シンチグラフィ、脳波、高次脳機能検査を適宜行います。認知症と診断された方の治療だけでなく、正常や軽度認知障害と判定された方も含めて、全ての受診患者様を定期的にフォローしています。
・吉丸 公子
三重県立こころの医療センター 物忘れ外来
〒三重県津市城山1丁目12-1
【TEL】059-235-2125(代)
※神経内科医による火曜午前の外来です。外来受診に際しては、なるべく、かかりつけ医などからの紹介状をご持参下さい。予約制ですので電話予約のうえで来院下さい。
・脇田 英明
藤田保健衛生大学 七栗サナトリウム ものわすれ外来
〒514-1295 三重県津市大鳥町424-1
【TEL】059-252-1555(代表)
※隔週の月曜日に「ものわすれ外来」を行っています。完全予約制のため診療予約が必要です。電話で受診の予約をして下さい。かかりつけ医などから紹介状があればご持参ください。
以上、何かお役に立つ事があれば幸いです。
【ご質問】
先生、早速のお返事、感謝致します。
ご多忙な中、真摯に向き合って下さり、先生のような方に診て頂きたいと心の底から思います。
薬、そうなんですね…
どうしたら良いのでしょうか…
血液検査をしてもらった病院の先生は父の昔からのかかりつけの先生で、不整脈の薬は必要ない、と言ってたんです。
精神科に入院してから不整脈の薬を服用し始めた、と話したら『慢性心房細動でしょ』、と軽い感じでした。
三重県四日市市在住です。
どのように病院を選んだら良いのか、を教えて頂く事は出来ますでしょうか?
病院選択の経緯について、長文ですがお読み頂ければ幸いです。
2016年に何度か徘徊をするようになり、その度に警察や救急車にお世話になりました。
まず、初めての徘徊の時です。
警察に捜索をお願いし(見つけたのは私だったのですが)、父の様子を見た警察の方が『認知症では?でも、普通に会話が出来るからまだまだ軽度だと思う、市がサポートしてくれるよ、相談に行った方が良い』と言われたんです。
それから2日~3日後、2度目の徘徊。
また居なくなり、探していたら、けがをして倒れている所を救急隊の方が保護をして家まで連れてきて下さいました。
その救急隊の方にも、『認知症かもしれませんよ、ただ、住所、生年月日はきちんと言えるから、もし認知症でも軽度だと思う、早く専門の病院で診てもらった方が良い』と言われました。
警察の方にも同じ事を言われた、と伝えたら、『まず市役所か地域包括センターに相談に行くと良いよ』とアドバイスをもらいました。
ちょうど、お盆休み中だったので、すぐに市役所に相談に行き、地域包括センターを紹介してもらいました。
で、地域包括センターから紹介してもらったのが、『認知症サポート医』の"Iクリニック"です。
そこで、長谷川式のテストをして、17点でした。
中度の認知症、アルツハイマーと言われました。
この病院で処方された、レミニールが全ての始まりです。
薬を飲み出してからおかしい、と訴えたのに、病院を信じて、そのまま服用させた事をいまだに後悔しています。
暴力、暴言、さらに自殺願望、徘徊…
3度目の徘徊の時には、居なくなってから半日以上経ち、やっと発見されました。
便尿を垂れ流してケガをして血だらけでした。
すぐに、Iクリニックに連絡し、相談をした所、『精神科を紹介するから、このまま連れていくように』との指示を受け、血だらけの状態のまま精神科に連れていき、即入院になりました。
その精神科が"総合心療センターH"です。
ここで、レビー小体型認知症、と診断を受け、アリセプトなど様々な投薬が始まりました。
今、思い出したのですが、総合心療センターHで、入院して1ヵ月後、インスリンの注射が始まったんです。
糖尿病、そんなに悪いんですか?って聞いたら、『病状が悪いって言うよりより、この方が良いので。家族さんにも注射の練習もしてもらいます』と言われました。
素人の私達は、『重症の糖尿病の人がインスリンを打つのかと思ってたけど、違うんだね』と変な納得をしてしまい、退院してから注射って不安すぎる…と母が心配していた記憶がよみがえりました。
インスリンの注射が始まってから、更に悪化したんです。
目も合わず、立つことも座ることも出来ない。
おかしい、と思い『薬が合わないのですか?』と聞いても、納得がいく返事はもらえませんでした。
週2~3回、家族の誰かが面会に行き、様子をメールで伝え合っていたので、全て記憶と記録で残っています。
そうこうしている内に、高熱が引かず、しかも高熱の原因が不明との事で、県立医療センターに検査入院になりました。
高熱の1週間前から、インフルエンザ予防のタミフルを投与されていました。
留守番電話に"病棟にインフルエンザ患者が出ました、65歳以上の患者さんにタミフルを投与する事が決まっているので、タミフル投与します"とメッセージが有りました。
メッセージを聞き、不安を感じて、出来ればタミフルは止めて欲しいと思い、すぐに電話をしましたが、"決まりなんで"と言われました。
医療センターでは、タミフルの話もしました。
タミフルも原因かもしれないが、
不明熱の原因として可能性として考えられる事は、精神科の薬かもしれない。
インスリンも必要ない。
驚愕でした。
精神科からの薬を減らしながら、様子を見る、との事で、薬を徐々に止めていったら3週間程で平熱になりました。
そこからがまた大変でした。
なぜなら寝たきりになってしまったからです。間接は曲がり、オムツを当てて。
徘徊するほど歩いていたのに…
県立医療センターでは、『ものは考えようで、徘徊の心配はないですよ』と言われてしまいました。
もう、総合心療センターHには戻りたくない、自宅で介護しよう、という事になりました。
ただ、介護ベッドはもちろん、ケアマネージャーもいない状態。
介護ベッドを借りる為には、まずケアマネージャーが必要、と言われ、地域包括センターに相談しました。
そしたら、『自宅介護は絶対無理、総合心療センターHに戻って薬を合わせてもらうべき』
と言うんです。
"薬のせいでこんな状態になった"と、しつこく説明をしても全く聞く耳を持ってもらえず。
熱が下がり、県立医療センターからは、『治療の必要はないので早く退院してください。出来れば2~3日中に退院してください』と言われ、自宅介護の準備も出来ず、とりあえず総合心療センターHに戻りました。
県立医療センターからは、"一切薬を服用させるな"という指示を出してもらいました。
総合心療センターHに戻りましたが、自宅介護の準備が出来るまでの借りの状況です。
寝たきりになってしまった為、病棟は末期の精神科病棟。(医療センターにいくまでは、急性期病棟でした)
病棟が病棟なので、面会にいく度に目にする他の患者さんの姿が辛すぎて…
父のように、薬でこんな状態にさせられた患者さん達もいるのかと想像したら、可哀想すぎて、帰りの車の中で涙が止まりませんでした。
見たくない状況の病棟でしたが、
毎日面会に行き、看護師に、『薬、何も与えてないですよね?』と確認。
点滴をしている事もあり、『ただの栄養です』と言われても信用出来ず、すぐにスマホで調べていました。
地域包括センターに懇願し、ケアマネージャーを紹介してもらい、ベッドを借り、在宅介護の準備も出来て、借りの入院は1週間で済みました。
間接が曲がったままの寝たきりで退院し、もう自分の足で立つことも出来ないのかと思ったら、1ヵ月後には歩けるようになりました。
急に不穏になったり、"死にたい"と毎日言ってましたが、薬を飲んでいた頃より断然生活は出来ていました。
もう、認知症に薬は必要ないんじゃないか、と思っていたのですが、ヘルパーやケアマネージャーが『認知症の治療が必要、どこか病院を探した方が良い、なんなら紹介する』と母に毎日言っていたようです。
母も、病院には不信感があるものの、毎日、病院に行かないと大変な事になる、と言われたら母も不安になって当然。
訪問看護師にもきてもらっていたのですが、『死にたい、と言ってるお父さんを放っておくの?お父さんが死んだらあなた達家族の責任ですよ、早く病院を見つけなさい』とほぼ脅しです。
もう、病院選びは他人に頼らない!
自分達で調べて、良いと思った病院が、"Nフォレストクリニック"でした。
しかし、この病院も全く期待出来ませんでした。
診察時間は5分もなく、質問に対して上手く言葉が出ない父に対して、
『元々発達障害があるんじゃないの?アスペルガーか!』と笑いながら言われたんです。
それでも、薬さえ合えば、
治りさえすれば良い、と思い、
あまりの対応に悔しさが込み上げましたが、我慢しながら耐えました。
ここでセルシンを処方され、服用させたら、とんでもない奇行を繰り返し、病院へ相談したら、"認知症の悪化、薬の影響無し"と返答がきました。
ここもダメか…と途方にくれる始末。
やはり、有識者に相談するべきなのか、という事で、ケアマネージャーに相談。
現在お世話になっている病院、T病院『認知症疾患医療センター』を紹介してもらいました。
"精神科だが、内科もあるから安心"と言われましたが、安易に信頼出来る訳でもなく、ただ、ケアマネージャーからは入院施設のある病院に繋がりを持っておかないと困る時がくる、と言われました。
私達の無知さが招いた状況なのは理解しています。
でも、HPには良いことしか書いていない。
地域包括センターなんて、全く話にならない。
身近に認知症を介護している人はおらず、母の周りの人は、自宅介護せず、施設に入れている人ばかりです。
相談出来る人もいないし、もうどうしたら良いのか…
先生、今回もとりとめのない相談で申し訳ありません。

診察室からコンニチハ(37)

家に戻り、妻に今日のT女史との遣り取りを話す。妻の第一声は、
「800万円!…それって非常識な金額じゃない。結局は自費出版を甘い言葉で勧誘されただけじゃないの。それにしても800万円ってのは、法外な金額だわ。そんなドブに捨てる様なお金の使い方は、直ぐに断ってちょうだい。とても納得出来ないわ」
そう言うなり、妻はネットで幾つかの出版社に自費出版にかかる費用と販売に乗せる負担額を調べ出した。
その結果は300~400万円が販売経費も含めた値段だった。翌日、自分自身で大手のK出版社に電話をかけてみた。その値段だけで全国の書店に本を置いてくれると言う。それだけではない。自費出版の場合、販売価格の60%は私に返してくれると説明された。ただの一冊でも60%のバックは変わらないと言うのだ。つまり5千冊ぐらい売れると、400万円ぐらいの元は取れると言うのだ。M社の1万冊以上売れないと1円も私の手元には戻らないと言うのとは大違いである。驚き呆れるばかりだ。
私はその電話でK出版社に訪れる約束を取り付けた。
その翌日、妻の更なる忠告でまた別のS出版社に電話を入れてみた。値段はK出版社より、100万円は安い値段を呈示された。そればかりか、契約前に先ず原稿を送って欲しいと言われた。訪問の約束をしたK出版社は、契約時に半金の200万円が振込まれてから原稿をチェックしてくれると言う。先ずは契約ありきの姿勢であった。私はこのS出版社の経営姿勢に熱く感動した。両方の出版社とも、日本では甲乙つけがたい大手である。しかし、経営姿勢はこんなにも違うのだ。直ぐにS出版社に原稿を送って、K出版社への訪問をキャンセルしたのは言うまでもない。原稿を送って2日後にS出版社から丁寧なハガキが届いた。原稿は拝受しました。2週間ほどのお時間を頂いて返事を下さると書かれてあった。その1枚のハガキだけで、私は天にも昇る心地だった。もう天下のS出版社から、すっかり自分の小説を出した気分になっていたのである。
次回に続く

レビー小体型認知症の父の娘さん(再々)

レビー小体型認知症の父の娘(再々)HbA1c/NGSP 5.3と云うのは、認知症患者さんでは低すぎる値です。低血糖発作が、しばしば起こしてしまう危険があります。少なくても7.0以上の値が理想的です。またレビー小体型認知症にリスペリドンを使用する医師は怖いです。レミニールの使用も明らかに不適切です。ここまで来ると、貴方が仰っていた医原性疾患と云う言葉に思い当たります。どの地域にお住まいかは存じませんが、他にまともな医療機関はないのですか?…また上室性期外収縮に関しても、どの程度の期外収縮かは分かりませんが、そのまま経過観察していて良い期外収縮も沢山あります。ビソプロロールフマル酸塩錠 1.25mgの処方だと、薬の使用量が少ないので、場合によっては薬剤不用な期外収縮の様な気がしてなりません。私自身が診ていないので確信は出来ないのですが…失礼を顧みず私見を申し上げれば、内科にしても、精神科(?)にしても不用意な薬を使い過ぎているような気がしてなりません。薬にしても、検査にしても患者さんが十分に理解出来るような説明をしてくれるのが、まともな医師の義務です。それが出来ない医師であるなら、あるいは頼みにくい医療機関であるならば、そんな所へ診察に行くべきではありません。
【ご質問】
成川先生、丁寧にいつも説明をしてくださりありがとうございます。
何度もお時間をお取りしまして申し訳ありません。
今の病院ではなく、昔からお世話になっている内科で血液検査をしてもらいました。
・HbA1c/NGSP 5.3です
先生のおっしゃるとおり、トラゼンタは必要無いですかね…?
結果をもらいに行った時、『とても健康、少し貧血だけど心配は要らない』と言われました…
ちなみに2013年の健康診断の結果が出てきました。
・HbA1c/NGSP 8.1でした
・心電図所見  上室性期外収縮 と書いてあります
この頃から、糖尿病の薬を飲み始めました。
不整脈の薬は飲んでいませんでした。
今の病院は『認知症疾患医療センター』です。精神科の先生が主治医ですが、副院長先生で、内科も併設されているため安心していたのですが…
確かに今の薬は、良くもならないですが、以前、通院していた病院や入院していた病院での薬のような悪化はないです。
最初の病院の処方、レミニールでどんどんおかしくなり、"薬を飲みだしてからおかしい"と言っても聞いてもらえず、その病院の紹介で入院した精神科では、リスペリドン、テトラミド、アリセプト、セイブル、ペロスピロン、その他多数の薬を服用。
廃人のようになっていく父、
病院に入院しているのに壊れていく事にただただ違和感。
主治医からは、『認知症の悪化』との説明、看護師に違和感を訴えた時、『ここは普通の病院ではないので、治す事が目的ではありません、家族が看きれない人を預かる所です』と言われ愕然。
こんな事を普通に言えてしまう事も更に違和感でしたが、ここに入院している人達の家族はどう感じるのだろう、私がおかしいのか…と誰にも相談が出来ず、やりきれない日々を過ごしました。
病院、本当にどうしたら良いか全く分からなくて…
今の病院の先生に思っている事とかあまり言えなくて、出来る事なら病院を変えたいのですが、どこが良いか分からなくて…
今の病院で血液検査をしてほしい、と言えず、昔からお世話になっている内科の先生の所で血液検査をしてもらいました。…
それより何より、父は入院中の事を思い出すのか、この病院に行くと、帰りに車の中で大暴れをし、帰ってからも手がつけられないので、月に1回、家族が受診?って事で薬だけもらいに行ってます。
3月に退院し、4月5月は父を連れていきましたが、6月以降は月に1回、家族が薬をもらいに行っています。
初診の時は、私の素人考えの『薬で悪くなった気がする』という話を真剣に聞いてくれていたのに、入院中に外泊をする事になってびっくり。
主治医は"リスペリドンが悪化の原因だと思うから違う系統の薬にする"と言っており、デパケンなどの、てんかんの薬で様子を見る、薬を合わせる為に入院をさせて欲しい、と言われ、そのつもりでいたのに、外泊時の薬にリスペリドンが入っていたんです。
すぐに看護師に言いましたが、先生は休日と言われ、更に驚いたのが、入院時、主治医は副院長先生だったのに、いつのまにか、主治医が変わっていたのです。
何の説明もなく、主治医が変わる事ってあるんですかね…?
変わるとしても、引き継ぎってないんですかね?
リスペリドンが原因かどうかは分からないと言われましたが、高熱が続き、すぐに主治医が副院長先生に代わり、またデパケンなどに薬が戻ったようで今に至ります。
このような経緯もあり、不信感で相談がしづらい状況です。
以前、先生に教えて頂いた方法を心掛け、徘徊が治まりました。
本当に感謝をしております。
どうしたら良いか、途方にくれています。
先生に診て頂きたい、本当にそう思います。

診察室からコンニチハ(36)

2日後の金曜、午前中の外来診療はいつも通りの忙しさであったが私の心は落ち着かなかった。昼食も殆ど喉を通らなかった。約束の午後2時にT女史から、少し遅れるとの電話が入った。幾らか拍子抜けしたが、それでも大きな期待感が萎(しぼ)んだ訳ではない。午後2時15分になって彼女はやって来た。やや恐縮の態で、先ず遅刻の謝罪をした。
私はそんな彼女の謝罪を意に介する様子は見せず、笑顔で院長室に招き入れた。先ずは名刺交換をして、夫々が応接セットのソファに座った。彼女の方から話が始まった。その脇には私の小説をプリントアウトした「霜月の夕暮れ」が置かれていた。
そのプリントの束を目にして私は、T女史の本気度を自覚した。そして彼女は滔々(とうとう)と語り出した。
「ネット上で先生のブログに出会い『霜月の夕暮れ』を読ませてもらい、とても感動しました。その感動を多くの人にも知って欲しいので、それには是非ともこの小説を出版させたいのです。先ず初版は3千部から手がけ日本中の大きな書店に置き、後は売れ行きの度合いを見て重版する方針です」
との説明は、私にとっては願ってもない話であった。
「しかし、このままで小説は通用するのですか。手直しの必要はないのでしょうか?」
私の稚拙な文章が、そのまま小説として通用するとは思えなかった。そこまで自惚れが強くもなかった。
「はい、私どもはどの様にしたら売れる小説になるのか、先生とゆっくり協議を重ねながら良い作品を世に送り出したいと望んでいます。その為には、先生の意図を十分に尊重しながら文章のリライトは幾度かして行くつもりです。ですから小説完成には1年以上のお時間を頂きます」
そんなに時間がかかるのかと、胸の内で思ったが言葉には出さなかった。さらに彼女は話を続けた。
「それで、先生のご理解が得られますなら早い時期にご契約を頂きたいのでが…」
「分かりました。契約内容はどんな内容でしょうか?」
「今の予定では、ご説明しました様に先ずは3千部を出版して、ご希望であれば1割の300部を先生のお手元にお渡しします。その辺りはご希望にお任せしますが、それらにかかる費用として800万円ほどをお願いしたいのですが…」
「800万円ですか?」
私の驚いた疑問に、
「でも、この本により病院の宣伝効果は大きいと思うのですが…」
T女史は、取って付けた説明をした。
「それで私の元には印税とかの見返りは、どうなっているでしょうか?」
T女史は怪訝(けげん)な面持ちになって、
「印税ですか、それは少し難しいかもしれませんね。1万部以上売れたら幾らかの印税はお支払い出来るかもしれませが、1万部売れると云うのは並大抵の事ではありませんから」
との、話であった。
もしかしたら騙されているのでは?
そんな疑問が頭の片隅に浮んだが、彼女の熱い視線に射られ自分の質問が非常識なものの様な気にさせられてしまった。結局4~5日で契約書類を纏(まと)め上げるから、来週中には署名捺印をして欲しいと言われ、その日の話は終えた。
次回に続く