潮騒は聞こえず(105)

「ことぶき」4店舗は2年前から法人化され吉村興産と云う名称になっていた。清吉の名字吉沢の吉と紀子の旧姓、村田の村を取って「吉村興産」と云う会社名が決められた。持ち株比率は二人で50%づつの同比率、社長は清吉で紀子が専務となっていた。大久保の自宅も50%づつの共有名義になっている。
紀子は清吉と結婚する前の3年間、川口の町工場で経理事務をしていた。簿記も3級の資格を持っていた。この数年、清吉と半同棲生活となってからは簿記2級の試験にも合格していた。清吉がゴルフに熱中している間、紀子は簿記の勉強に熱中していた。法人形式である以上、二人共サラリーマンであった。社長の清吉が100万円、専務の紀子が80万円の月給であった。高校もまともに卒業していない清吉に税法の知識がある訳はない。全てが紀子任せだった。
夫婦の関係が良好な時は最良の方法なのだが、その関係にひびが入ると逆に大変な事になる。特に清吉に取っては丸裸にされる危険性さえある。清吉は店の金庫から度々100万円単位の金を持ち出している。多い月だと500万円以上にもなる。彼の月給は100万円なのである。差額の400万円は社長の一時的な借用である。清吉は店の金は全て自分の物だと思いこんでいる。紀子との関係が良い時は、彼女がそれなりの対策をしてくれる。
店舗拡張の為の海外視察とか、種々の経費化とか名目はアイディア次第で幾らでも出て来る。しかし紀子が敵に回ると恐ろしい事態となる。あの5千万円の小切手、紀子にはどうしても腑に落ちなかった。
彼女は生まれて始めて私立探偵を使って、清吉の動向調査をさせた。予想以上に最悪の結果が出た。里美と云う愛人が妊娠していると云う驚くべき報告がなされた。それも妊娠7カ月だと言う。
更に驚くべき事実は清吉名義で5千万円のマンションが、その里美の為に購入されていたのである。明らかな私的横領だ。まさか、これ程の事実が浮かび上がって来るとは想像も出来なかった。どの様に処置したら良いのか、彼女一人の能力ではとても解決出来そうにない。弁護士に相談すべきだろうと始めは考えたが、一様は3年前から顧問になっている税理士に相談してみた。
やはり相談すべきは税理士であった。彼が提示したアイディアに紀子は、ただ感動するばかりだった。
明日に続く

潮騒は聞こえず(104)

紀子は37才になり、夫との夜の営みは4年近くもない。41才の清吉がどうしてるのかは考えない様にしていた。しかし1年以上も半別居生活が続くと、さすがに愛人の存在を疑う様になって来た。
だからと云って、どうにかなるもんでもない。騒げば紀子自身が逆に傷つきそうだし、女としての機能が十分には備わっていないと云う負い目もまだ彼女の中では引きずっていた。ただ清吉がゴルフ三昧の日々を過ごしている間に「ことぶき」の店は渋谷にまで進出し、店舗数も4ヶ所に広げ、財産名義も半分は紀子の物となっていた。だから清吉に愛人がいようと、いまいと彼女の生活は盤石であった。その事が彼女の大きな自信にも繋がっていた。
税金の申告もほとんど一人でやっていた。税理士の助言はあったものの。清吉はすっかり変わっていた。仕事一途だった彼が中年以後ゴルフに熱中し、若い愛人にのぼせ妊娠までさせている。店の経営は新宿の2店舗を清吉が、新大久保と渋谷は紀子の管轄になっているが、ややもすると4店舗とも実際の経営の多くは紀子が担っていた。
清吉は週に1,2度店に来ては金庫から100万円単位の金を持ち出し、10分くらい帳簿に目を通すだけだった。大体は紀子のいない時間を狙って来る事が多い。ある夕方、紀子は新宿東店で店長に「うちの人が来ても勝手に金庫から金を持ち出させるんじゃないよ。持ち出していい金は月に100万円までと決めているんだから」店長が不満そうに「女将さん、そりゃ無茶な話だ。私たちは使用人ですよ。旦那が金庫から幾ら金を持ち出すかなんて、どうやって注意出来るんです」と、遣り返して来た。紀子もそれ以上は言い返せなかった。
一度などは金庫から5千万円の小切手が消えていた。さすがに清吉に詰め寄った。「一体、5千万円もの金を何に使ったの!」清吉は何の詫びれる顔もせず「何、ゴルフの会員権を買っただけだ」と、平然と答えた。「ゴルフの会員権って、そんなにするの」「当たり前だ、一流の会員権は何処でもそんな値段だ。しかし、これは遊びで使っている金じゃない。資産運用だ」
「資産運用って、どう云う意味なの」「土地もゴルフの会員権も、どんどん値上がりして行くと云う意味だ」「本当なの」と、未だ納得出来ない表情で聞き返したが、彼はそれ以上は面倒くさがって答えなかった。本当は愛人の里美にマンションを買ってやった5千万円なのだが、そう言えるはずもない。
明日に続く

潮騒は聞こえず(103)

紀子と一緒になって17年と云う年月が流れている。今でこそ半別居の生活になっているが、共に辛い日々を長く耐え忍んで来た。それなのに何故こんなにも生き方に違いが出て来てしまったのだろう。父の貞雄が亡くなってからの彼女の自由闊達な生き方に、清吉は何処かで反発を感じていたのかもしれない。
「親父が死んでから、あいつは毎日が楽しそうだ」と言った思いも付きまとって離れない。それにも増して今の紀子には、貞雄が生きていた時代の様な清吉の庇護を必要としていない。嫁の立場の苦労を不器用ながら清吉は陰に日向に庇ってくれた。「こんな俺の女房になって、お前は可哀想だ」と、手を取って一緒に泣いてくれた日もあった。
貞雄が亡くなって清吉はしばらく精気を失っていた。それから今度はゴルフに凝り始めた。仕事一途の夫だったから健康の為にもゴルフは良いだろうと、最初の内は単純に考えていた。清吉がゴルフを始める様になって泊まりがけの日も多くなり、家に帰らない事が幾ら重なっても愚痴をこぼさなかった。
それでも最初の頃は箱根だとか静岡だとかいった近場だったが、段々と遠出となり北海道、沖縄さらにハワイそしてスコットランドと外泊の日数も遊びに行く場所も、どんどんエスカレートしていった。10日近くも家を留守にされると寂しいと感じる日もあった。電話で「ゴルフと私と、どっちが大切なの」と、愚痴った事もある。
清吉も紀子がどの様に高価な宝石を買おうとも、家の調度品に贅を尽くそうとも文句の一つも言った事がない。共に相手の自由を好き勝手に放置しすぎたのだろうか。二人の生き方は確実に距離が少しづつ遠のいている。
清吉に愛人が出来始めている事を、紀子が全く気づいていない訳がない。ゴルフだけで月に半分以上も家に帰らないのも不自然だろう。また仕事に支障を来す事も多くあった。「もう、プロゴルファーにでも成ったつもりなの」と、海の向こうへの電話で怒った事もあった。だからといってスコットランドから直ぐに帰って来てくれとも言えない。仕方なく何でも一人で始末を付ける癖が付いて来た。
一年、二年とたつうちに一人で暮らす生活が逆に馴染んで来た。一人でいる生活の方が空気が楽な事に気づき始めた。一人でいるといっても、使用人もいれば、家政婦もいる。総ては自分中心の世界でいられる。夫と云う束縛からも解放されているのだ。
明日に続く

潮騒は聞こえず(102)


ほとんど諦めていた自分の子供、それが浮気の結果だとしても清吉は己れの血を分けた分身が、どうしても欲しくなって来た。25才の里美はどうしても堕ろすと言う。「里美、お前にマンションを買ってやる」「本当!」「本当だとも、だから俺の子を産んでくれ、なぁ頼む」「でもそれだけじゃあ、毎月の生活費はどうするの。大きなお腹でクラブのホステスなんて出来ないわ」「そんな事は分かっている。俺だって、こうなった以上お前をそんな店で働かせたいとは思わない。生活費の事なんか心配するな」
「そこまで言うなら清ちゃんの子供、産んで上げようかな!」と、里美は彼の首に手を回して来た。おどけた調子で「清吉、浮気は許さないぞ。私以外の女は今後、絶対に抱かないって誓えるか」と聞く、甘えた声で絡んで来た。「誓う、俺の子供を産んでくれるなら何だって誓う」「じゃあ今の奥さんと別れる事も誓うか」「う~ん、難しい問題だな」「嫌よ私、正式に入籍してくれないなら清ちゃんの子供は、やっぱり産めない」
「そんな無理を言うなよ」「何が無理よ、私は清ちゃんの子供を産むだけのマシンじゃあないの、正式な入籍をしてちゃんとした両親の許で子供って育てるものじゃない」と、泣きじゃくりながら里美は清吉を責めた。彼は16才も年の離れた里美に押され放しだ。
いくら何でも意味もなく紀子と、そんな単純に離婚が出来る訳がない。どうやって里美を説得するかだ。「里美、お前の言う事はもっともだか、一体どんな理由で離婚するのだ。こっちから妙な申し出をしてみろ、慰謝料だけでも幾らになるか、大変な金額になるぞ。裁判にでもなれば何年かかるか、下手すると財産の殆んどは向こうの者になってしまう、それでも良いのか!」
「そうか、確かに清ちゃんの言う通りかもしれない。じゃあ、どうするの」「ここはじっくり作戦を練って、離婚すべき正当な理由を考えなければ…どちらにしたって、時間とタイミングが必要だろう」「分かった、清ちゃんの言う通りかもしれない。でも何時かは私を正式に入籍してくれるんでしょう、それだけは確かだって今ここで約束して」「少し時間はかかるかもしれないが、お前を必ず入籍させると約束はする」と、清吉は心の迷いを悟られぬ様に渋々答えた。
明日に続く

潮騒は聞こえず(101)

貞雄の死を境にして、あんなに慈しみ合っていた夫婦がどんどん遠ざかって行く。二人に何があったのだろう。若さと云うエネルギーだけでもある時期、若い男女は結びついていける。
しかし若いエネルギーが消耗し自分だけの「我」が増幅して行く時、少しづつ相手への関心が薄れて行く。特に子供のいない夫婦にその傾向が強い。何故か、心の拠り所を失ってしまうのだ。子供の成長を見守って行く、生きるべき共通の目標が存在しないのだ。子は鎹(かすがい)と云う。その鎹が存在しない夫婦は寂しく寄り添うか、互いに寄り添うべき手段を持たない者同士は選択肢のないまま、ただの同居人として過ごすか、あるいは離れて別々の人生を歩むか、人それぞれに選ぶべき道は違う。
さらに経済的余裕も大きく左右する。余裕が大きければ歩むべき道が同じでも、別の方向でも選択肢に幅が出来る。選択肢の多さが、その人生を幸(さち)なるものにするか不幸なるものにするかは分からない。この二人も何故か夫々の時間と生き方を求め出した。清吉はゴルフとクラブ遊びで多く時間を使い、紀子は事業欲と絵画、宝石の収集に多大な時間を費やした。
大人になっての麻疹は重いと言われる。それを地で行く様に清吉は若い愛人に夢中になった。41才の清吉は25才の里美と何時しか深い関係となり数ヶ月前から半同棲生活に入っていた。六本木のホステスだった里美の店で週一回程度飲みに行く内、里美がゴルフを教えて欲しいと言い出し清吉も何となくその気になった。そんな話のきっかけで昼間も週に1、2回は会う様になり、ゴルフのレッスンに励んだ。2カ月ほどのレッスン後には二人で軽井沢に行き2日間のゴルフプレーを楽しんだ。
ゴルフ場ではOBの連続や空振りなど里美のゴルフは無茶苦茶で、清吉は里美の子守り役に終始して自分のゴルフはほとんど出来なかった。その夜、二人は当然のごとく結ばれた。さすがに若い肌は良かった、昼間のゴルフ場での子守り役は充分に報われた感じである。
その後も幾度か泊まりがけのゴルフに二人で出かけている内に何となく半同棲の生活になってしまった。週に3日は大久保の自宅で暮らし、後の4日は里美のマンションで寝泊まりする様になってしまった。紀子は知ってか、知らずか何も言わなかった。
そんな生活が半年以上も続いた頃、里美は妊娠した。1980年師走も迫った頃で街中にジングルベルが鳴りはじめていた。彼女は堕ろすと言いはったが、清吉はどうしても産んで欲しいと執拗に頼みこんだ。「奥さんのいる人の子供を産んで、どうやって私が育てていけるの」
「大丈夫だ、俺が責任を持って認知する」
「認知すると言っても私はどうするの。子供だけ作らせておいて私は日陰の身で我慢しろというの、嫌よ絶対に二号だとか妾だとか言われるのは。
妊娠したのは仕方がないにしても子供を産むのか産まないかは別の問題よ、今は女が泣き寝入りする時代じゃないのよ」

明日に続く

潮騒は聞こえず(100)

新大久保店の二階住居部分は貞雄の死後3ヶ月もしない内に取り壊され、全てを客席にしてしまった。紀子の提案である。辛気くさいと云うのが、その理由である。清吉としては父親の形見とも云うべき住居部分は残して置きたかったが、その当時の彼はほとんど精気のない生活で、仕事にも身が入らなかった。
父親の死後の呪縛から解放されぬかの様に夢の中で父や母が毎晩のように出て来ては彼の活力を奪っていた。そんな心の有り様では、紀子の思うがままに任せて置くしかなかった。そして彼等は新大久保店に隣接する借家住まいを止め、大久保駅に近い場所に100坪ほどの土地を買い求め、小洒落た家を作った。それもこれも紀子が全てを手配した。
経済的には正に昇り龍のような勢いだった。家具も調度品も彼女の好みのままに趣味の贅を尽くした。清吉はその傍らで「うん、素晴らしい」を繰り返していた。確かに彼女の趣味は美的感覚と品性のバランスに格別の才能を発揮したいたが、清吉にはどうでも良かった。もともと仕事一途の清吉には自分の住む家に贅を尽くすと云う発想がなかった。
それに比べ紀子は幼き日、道子と共に世話になっていた徳治の、趣味の良い家の思い出が残っていたのかもしれない。今や紀子は全ての束縛から解き放たれ大空を自由に飛び回る鳥の様だった。時には清吉さえ眼中になかった。
彼は彼で、そんな妻を横目にしながらゴルフに熱中していった。夏場は北海道、冬場はハワイとゴルフを通じての行動範囲も広くなり、付き合う仲間も増えていった。彼が何処で何をしても紀子は何も言わなかった。外で飲む事も多くなってきた。ゴルフ仲間とコンペの後、皆でワイワイ騒ぎながら飲みに行くのも大きな楽しみになっていった。
紀子は逆に仕事の面白さと財産管理に夢中だった。名義もいつの間にか新大久保店と大久保の実家は自分名義に切り替えていた。着物も宝石も増えるばかりだ。「若いうちは若さそのものが、大きな武器よ、それだけで十分に輝やいて行けるわ。しかし年を取ると若さと云う武器はどんどん失われて行くから、宝石と云う輝きで自分を飾る必要があるの」と、近頃の紀子は言う。
明日に続く

潮騒は聞こえず(99)

貞雄は多量の飲酒癖が祟って68才と云う年で、その人生の幕を閉じてしまった。何故に生き、何故に死んでいったのか。初七日を終えても清吉の胸には何時までも痼(しこり)のような物が残っていた。
真の病因が解離性胸部大動脈瘤の破裂だと医者にどんなに聞かされても、あの二階の途中から貞雄が転落して行く光景が目から離れない。父親を殺したのは自分ではないかと云う強迫観念からも逃れられない。
紀子は「考え過ぎよ、あれだけ無茶なお酒の飲み方をしていたら誰だって身体を壊すと思うわ。まして、あなたがお父さんを殺したのかもしれないなんて、そんな考え方、私には理解出来ないわ」と言うが、でも何かが釈然としない。少なくても父親に途中から冷た過ぎたのは事実だ、それも紀子に遠慮し過ぎて。
今回の葬儀で新大久保の店は7日間、新宿店は3日間だけ店を閉じた。店を再開しても清吉は以前のような精気が出なかった。店を途中から抜け出しクラブやキャバレーに行ったりする事も多くなった。商売熱心な彼が抜け殻の様になってしまった。一方の紀子は日々元気になるばかりで、体重もどんどん増えて行った。二人の気持ちは少しづつ遠ざかって行った。
夫婦にとって共通の障害物と思われた貞雄が亡くなって、共に庇い合う日々から解放されたのか、別々の夢を探し始めた。それとも別々の拠り所を求め始めたのかもしれない。障害と不自由な生活の中でこそ人は共に温もりを欲する者なのかもしれない。
二つの店はその後も繁盛し、通帳の預金は増えるばかりである。店は何時も客で溢れていた。一年もしない間に紀子は10kg近い太り方で、以前の彼女を知る人からは別人の様であった。何処から見ても新大久保「ことぶき」の立派な女将だった。馴染みの客には自分から進んで酌をして回ったりもしていた。着る物にもこだわりが出始め宝石にも関心が高くなって来た。
清吉は飲み仲間からゴルフを勧められ、昼間からよく練習場に通っていた。名門ゴルフ場の会員にもなっていた。こうして夫婦の生活は、どんどん離れて行き、二人で夜の床を一緒にする事もなくなった。
清吉もまた少しづつ精気を取り戻し、新宿に二店目の「ことぶき」を出した。貞雄が亡くなって、わずか1年半後である。これで、「ことぶき」は新大久保店と新宿東店、西店の三つになった。どの店も客で溢れていた。金は有り余るほどにある。清吉38才、紀子34才である。未だ共に充分な若さと金がある。
ある故人曰く「急激な富の蓄積は男を堕落させ、女をより高貴にさせる」と。
明日に続く

潮騒は聞こえず(98)

午後1時過ぎ、やっと医師から解剖の結果が報告された。生前予測の急性心筋梗塞ではなく、直接死因は胸部の解離性大動脈瘤の破裂との説明であった。また肝臓は肝硬変症を呈しており、ほとんどアルコールを受け付けられる身体ではないとも言われた。更に長年の飲酒癖で脳萎縮は年令に比べかなり悪化しているとの説明も付け加えられた。
「これ以上の詳細は後日、報告書として提出しますので十日程お待ち下さい」と言って、医師は一礼しそのまま去ってしまった。彼の後姿にも濃い疲労感が漂っていた。
しかし解離性…とか云う病気は、どんな病気なんだろう。全く見当もつかない。しばらくして病理解剖室から別の医師がもう一人出て来た。
清吉は遠慮も忘れ「中沢貞雄の息子ですが、ただ今、中沢を解剖していただい先生のお一人でしょうか」「はい、確かにそうですがそれが何か」「いえ先ほどの先生が解離性…とかって仰っていたのですが、それはどんな病気でしょうか」「解離性胸部大動脈瘤の事ですね。大動脈と云うのは通常3枚の壁(筋層)で保護されているのですが、その3枚の壁の2枚が断裂して1枚だけの壁で何とか支えられているのです。すると1枚の壁だけでは支えられなくなって、その最後の壁も破れてしまい体内で大出血を起こし死亡に至るケースがほとんどです。胸部にも腹部にも出来ます」「原因は何ですか」「色々な原因が考えられますが、先ずは高血圧、自己免疫疾患、家族性の結合織疾患などが多いです」「アルコール中毒は、どうですか」「過度のアルコールを長期にわたり常用しておりますと、当然動脈硬化を悪化させますから動脈瘤を起こす危険性は強くなるでしょう」「お忙しい所をお引き止めして申し訳ありませんでした。とてもよく理解出来まして、ありがとうございます」「いえ、では失礼します」と言って、医師は立ち去った。
「やっぱりな、何だかんだと言っても親父は酒で自分の人生の総てを飲み干してしまったのだろう」と、清吉は一人呟くように言った。紀子は黙って頷くしかなかった。「それもこれも親父の人生だ、誰にもどうする事なんか出来はしない」と言いながら、清吉は父親が新大久保の店の二階から日本酒二本を持って転がり落ちて行く憐れな姿を思い出しては一人涙ぐんでいた。
もしかしたら俺が父親を殺したのかもしれないとさえ考えてしまう。どうせ長くもない命と知っていれば好きなだけ飲ませてやったものを。あんなコソ泥のような真似をして酒を飲んでいる姿を想像すると哀れでならなかった。
明日に続く