想い出は風の彼方に(29)

綾子は訝し気に尋ねた。
「どうして、ですか?
こんな難しそうな本ばかり読んでいるなんて、頭の良い証拠じゃあないですか…」
「それは大きな誤解だよ。難しい哲学書ばかり読んでいる人間なんて、多くの場合は心のバランスが取れていないんだ。だから妙に小難しい自己分析をしたり、他人を煙に巻く様な言語を弄(もてあそ)んだりしたがるのだ。
本当に心優しく、他人を思いやる人は馬鹿みたいに訳の分からない言葉で人の心を踏みにじったりはしないよ」
「ふ~ん、そんな物なのかしら」
「だから、学校の教師だって優秀な人程、生徒には分かりやすい授業をする事に心を砕いているだろう。出来の悪い教師に限って、皆んなが眠たくなる様な教科書の棒読みなんかしているだろう」
「そう言われれば、その通りだわ」
「だから毎日が楽しく、充実した日々を送っていれば、僕の様に偏った哲学書なんか読んだりはしないもんだ」
綾子は驚いた顔になって、
「篠木さんって、そんな辛い毎日を過ごしていたのですか?」
「辛いかどうかの感じ方は、人それぞれによって違うが家庭的には恵まれていなかったかもしれない」
「こんな立派な家にお住まいになっていてですか?」
「立派な建物に住んでいる人達が、皆んな幸福であるかどうかは別問題だよ!
小さなアパート暮らしでも幸福な家庭は幾らでもあるだろう」
「篠木さんの仰る意味は分かりますが、でも貴方の家が不幸せだとは私にはとても理解出来ませんわ」
「単純に言えば、経済的には貧しくても親子が慎ましやかな笑みを忘れず心に温もりを持ち続けられる様な家庭を幸福と言うのではないのかな…」
「そんな家なんて、あるんですか?」
「灯台下暗しって、言うでしょう。僕に言わせれば、綾子さんの家なんかそんな温もりのある暖かい家庭に見えるんだがね」
綾子は驚きを隠せずに…
「私の家なんかが、そんな幸福な家庭に見えるのですか。階段にはビール瓶のケースが幾つもかさなってあるし、酒だるの山でトイレさえ自由に開放出来ない時だってあるんですよ、そんな家の何処が幸福に見えるのか私には分からないわ」
浩司は少し笑みを浮かべて
「そんな狭い家の不自由さが、逆に住む人達の心の接近を容易にしやすくしたりする事だってあるんだ。広い家に住んで、皆んなが個室を持って好き勝手な生活をして話し合う事も少ない家庭が幸せと言えるのだろうか、僕にはそうは思わないけど」
「ふ~ん、幸福って難しいんですね」
「人それぞれに考え方が違うからね。要はその人の心の在り方だと思えて仕方がないんだ」
「篠木さんて、難しい本を読んでいるだけあって、話しの内容も複雑なのね」
「そうかな、ただ隣の芝生は青く見えるって、云うだけの事なんだけど…」
「あゝ、その話しなら学校の授業で教わりました」
そう言って、綾子は少し微笑んだ。
次回に続く

想い出は風の彼方に(28)

電話口には母が直ぐに出た。
「お母さん、今から友達を一人連れて帰るから、何か美味しいケーキでも準備して置いてよ。とても可愛い女の子だよ」
電話の母は明らかに狼狽しているようだった。
「女性の方って、どんな方なの?」
「そんな大袈裟な話じゃあないよ。高校時代の吉村の妹だ。彼女の夏休みの宿題を少し手伝うだけの話なんだ。お母さんが心配するなんて何もないよ」
母はかなり安心した口調で、
「そうなの、分かりました。それじゃあ、お母さんは何か美味しい物でも買いに行って来るわ」
「3時近くには帰れると思うから、出来たら夕食も頼んでも良いかな?」
「まあ、そんな若いお嬢さんを遅くまでお引き留めしても良いの!」
「だって、僕は吉村の家で何度も夕食のご馳走になっているんだよ」
「そうなの、今晩はお父さんが遅くまで帰らないから大丈夫かもしれないけど、それでも程々にね」
母はそう不安気に答えて電話を切った。
私が綾子を伴って家に帰り着いのは3時を少し回っていた。彼女は明らかに緊張していた。
彼女は玄関先で靴を脱いで、天井を見上げた。
「随分と素敵なお家ですね。何か自分の家が見すぼらしく感じてしまうわ…」
「綾子ちゃん、それは考え違いだ。家と云うのは建物や見栄えが問題ではない。そこに住む人達の人間同士の温かみが一番だよ」
「そんな物かしら、私には未だ難しくて分からない。でも女の子って、普通はどうしても外見的な物に目が行ってしまうわ」
「まあ、今日はそんな話をしに来たんじゃあないから…先ずは英語の勉強だ。しばらく英語の参考書を探して来るから、リビングで少し待ってて」
「でも、篠木さんのお部屋ってどんなになっているのかしら興味があるわ。ちょっとだけ見せてもらっても良いかしら!」
「そりゃ、僕は構わないけど高校生の君が一人で僕の部屋になんか入って良いのかな。後で吉村に怒られそうだな」
「大丈夫よ、兄なんか私の事にあまり関心がないもの。そんな事より、明日はビールを何ケース仕入れなきゃならない…そんな事ばかり気にしているわ」
「どうも君には勝てないな、それじゃあ少しの間だけだよ」
「何か秘密の部屋を探検する見たいでワクワクするわ!」
「別に何処にでもある汚い男の部屋だよ。尤も時々は母が勝手に掃除しているみたいだけれどね」
「それでは、僕のむさ苦しい部屋にどうぞ」
浩司の部屋は二階のベランダがある角部屋の8畳間と6畳間の二間続きだった。6畳間が本部屋になっていた。その浩司の部屋に入るなり綾子は圧倒された。壁の隅から隅まで所狭しと本の山だ。まるで学校の図書館にいるみたいだ。図書館と比べると空間が狭い分だけ圧迫感がある。
「凄い、これ全部が篠木さんの本ですか?」
「まあ、そうだね」
「全部読んでいるの?」
「大体はね…」
「それにしても医学書は少ないのね。聞いた事もない本ばかりだわ。カント、ヘーゲル、ニーチェ、カミュ、サルトル、ボバワール…何時もこんな本ばかり読んでいるのですか?」
「もしかしたら、僕は精神に異常を来たしているのかもせれない」
私は多少自嘲気味に言い訳をした。
次回に続く

想い出は風の彼方に(27)

夏合宿が終わって東京に帰って来たのは8月16日だった。母は私の顔を見るなり、
「何処も怪我はないのかい。ヒグマとは一度も遭遇しなかったのかい。ともかくお前がいない間、お母さんは生きた心地はしなかったよ」
と、質問の雨だった。その日の夕食はご馳走の山だった。家に帰って2日間というもの食事時間以外、私は殆んど眠り続けていた。
まるで全身の力が抜け切った様である。3日目になって、流石に眠っているのも飽きて来た。
久しぶりに吉村の家に出かけた。
真夏のビール商戦で彼は忙しく駆け回っていた。この夏は一際(ひときわ)暑く、一般家庭でクーラーの置いてある家は稀だった。未だ扇風機が主流の時代である。彼の妹だけが夏休みの宿題に悪戦苦闘していた。特に彼女は英語が苦手だった。彼女は私の顔を見るなり、直ぐに助け船を求めて来た。私の頭の回転も本調子ではなかったが、それでも台所のテーブルで英語の宿題を見た。
「綾子ちゃんね、君は何故英語が苦手なのか分かる」
先ず私は、そう切り出した。
「受験英語の基本は英文法と慣用句のマスターなんだ。その肝心のポイントを押さえずに、ただ英語の教科書だけを漫然と見ていても眠くなるばかりだ。英語は全ての語学の中でも例外の文用例が多いのだ。ドイツ語やラテン語の様に定型的なルールで解釈出来る言語とは土台から違うのだ。それがブロークンイングリッシュとも言われる様に、好い加減な言い回しでも変に通じたりするのだ。しかし受験英語はそうは行かない。英語の独特の言い回しを、より多く習得した者が英語の上達を早くするのだ。適切ではないかもしれないが、『have a crush on you』ってどんな意味だと思う。これも単語だけを追いかけていては何の意味か、さっぱり分からないと思うよ。単語だけで訳すと、『君を押しつぶす』なんて言い回しになってしまうけど、実際の意味は『あなたに夢中なの』と解釈するのが正解なんだ。人間の思考の根源は言語だ。英語を学ぶと云う事は、英語を使用する人間の思考形態を学ぶ事に他ならない。
綾子ちゃん、君は以前に大学に行きたいと行っていただろう。その意思は今も変わりはないの?」
「はい!」
綾子は少し恥ずかし気に答えた。
「だったら、何処の大学に行くにしても英語は必須科目だ。明日にでも僕が使っていた英文法と慣用句事例集を持って来て上げるよ。それとも今からでも僕の家に来るかい。未だ夕食までは数時間はあるから、これから英語の特訓をしても良いよ。君さえ嫌でなければ…」
「本当に私が篠木さんの家に突然お邪魔しても良いんですか?」
「お袋は驚くかもしれないが、君みたいな可愛い子が来れば大歓迎だと思うよ」
綾子は内心の喜びを隠し切れない様に、
「それなら、喜んで行きます」
と、今にも飛び出して行きそうな勢いで言った。
「じゃあ、ちょっと電話を貸してくれる。一応は家に電話をして置くから」
「はい、どうぞ。玄関先にありますから…」
「じゃあ、ちょっと失礼して電話を借りるね」
次回に続く

想い出は風の彼方に(26)

春休みが終わって大学2年生の新学期がスタートした。
大学の授業と部活に忙しい生活に追われだした。この時期はどちらかと言うと部活に多くの時間を割いていた。来年からは4年間の専門課程となる。専門課程の解剖実習が始まると、もう時間に余裕がない。授業時間も一時間増える。青春時代を謳歌するなら、この1年間しかないと多数の先輩から聞かされていたので、根が単純な私は部活の他にクラスメート数名とで作り始めた「同人誌」に熱中していた。2ケ月に一つの作品提出が義務付けられていた。これもかなり忙しかったが作家気取りでいたので苦にはならなかった。初回作は「なおこ」で、予備校時代の失恋小説である。これは悪評だった。ストーリー自体が耽美主義で自己陶酔型だと友人の多くは一顧だにしてくれなかった。
次の作品は「ジャンヌダルクを殺したのは誰だ!」で、15世紀のイングランドとフランスとの戦いをテーマにしたものだが(宗教戦争的な意味合いが強く)、史実の不勉強さと宗教的な考察が曖昧だと指摘され、ストーリー全体の安易さも目立つと酷評だった。それでも懲りずにまた「神々の尾根」を書いた。原稿用紙200枚ぐらいの随筆文で、北海道大雪山縦走3週間の実態記録を書いたもので、これはそれなりの評価を得た。
実際に2年生の夏合宿「大雪山縦走の3週間」は私の5年間(6年生は医師国家試験の為に引退)の部活でも一番厳しかった。僅か3週間の合宿で体重が6kgも落ちた。十勝岳から登り層雲狭に至る、距離が100km以上に及ぶ悪路である。この夏はヒグマによる登山者の遭難も続出して、10数名もの死者を出してマスコミを騒がせた。
後から聞かされた話であるが、祖母が母を叱りつけたらしい。
「息子を医学部に行かせたのは、ヒグマの餌にする為か!」
と言って、泣き叫んだとの事である。
もちろん、登山中はマスコミの騒ぎや家庭内での心配も知らず大雪山の余りに雄大な縦走貫徹に心を砕いていた。所々にヒグマの新しい糞便を何度も目にしたが、何故か自分達の問題としては捉えていなかった。霧で登山ルートを見失う事が多く何日もビバークを余儀なくされ、テントを張る場所も確保出来ず岩山の割れ目で夜を明かす事も多かった。
それでも恐れと云うものは、まるで感じなかった。それよりは晴れた日の大雪山の勇壮さに、天国に至る道を歩み続ける信徒の群れに参加しているかの様な錯覚に浸っていた。
「お~い、雲よ。この大なる天界よ!…私達は明日に向かって確実に生きている」
そんな歓喜に震える日もあった。
そして終着点の層雲峡に下りたった時の感動、幾重にも重なる岩層の織り成す自然の不思議。この世の物とも思えぬ畏敬感で全身は金縛りにあっていた。これは紛れもなく徒歩で縦走した者だけが味わえる至福の思いに違いない。
それが証拠に10数年後、ドライブコースで妻と二人、昔の思い出を求めて層雲峡を訪れた時は、さしたる感動を覚えなかった。
人は額に汗して、真の苦楽を味わえるものかもしれない。
次回に続く

想い出は風の彼方に(25)

吉村が言う様に、綾子の料理の腕前は中々の物だった。じゃがいもの煮ころがし、細切りのきんぴらごぼう、刺身の盛り合わせ、味噌汁の味も良かった。成る程、今の高2の女の子で、ここまで料理の出来る子はいないだろう。彼等の母親も加わり、楽しい夕餉の時が流れた。雑談の合間に母親が、
「綾子が大学に行きたいって言うのよ。兄の徹夫が高校中退だと言うのに、その妹が大学に行くなんて…ちょっと悩んでしまうけど、浩司さんはどう思います?」
私は味噌汁をこぼしそうになりながら、辛うじて答えた。
「おばさんの悩みは尤もですが、吉村の意見はどうなの?」
「俺としては、綾子の希望通りにしてやりたいと思っているのさ。俺の場合は、偶々(たまたま)親父が病気で倒れてしまったので仕方なく家業を継いでしまったが、今は家も落ち着いて綾子を大学に行かせる事ぐらいは出来るよ」
同じ二十歳と言っても学生と社会人とでは、ここまで違うのだ。
改めて私は軽いショックを覚えた。未だ親から、あの手この手で小遣いをせびり勉強こそしてはいたものの、一方では飲み代(しろ)を捻出する事に汲々としている自分がいるのに、吉村のこの堂々たる妹への労わりは何だ!
恥ずかしさで身の竦(すく)む思いだ。医学部に合格したぐらいの事で何か有頂天になっていたのではないか、人間の価値とは何かを考えずにはいられなかった。
彼の母親がしみじみと語った。
「それでもね、徹夫が何か不憫に感じてしまうのよ。二十歳と言えば未だ遊びたい年頃なのに、殆んど一人で一家を支えているんだもの。自分は朝から晩まで働きづくめで妹は大学まで行かせようなんて、墓の下で亡くなったお父さんがこの子に手を合わせて感謝しているに違いないわ」
吉村は照れ笑いしながら、
「お母さん、何もそこまで大袈裟に考える事もないだろう。俺は大体が勉強なんか好きじゃあないのよ。酒瓶を担いでいるのが性に合っているのさ。それに比べ綾子は上の学校に行きたがっているだけじゃあないか!
お母さんが言う様な大仰な話ではないよ。夫々が好きな事を目指しているだけの事だ」
何と言う男振りだ!
自分はこの吉村の足元にも及ばないと、考えずにはいられなかった。しかし、これ以上湿っぽい話を続けていても仕方がないので私から話題を変えた。
「綾ちゃんが大学に行きたいのは素晴らしい事だと思うけど、具体的にはどんな方面に進みたいの?」
と、私から彼女に問い返した。
「未だ、そこまで突き詰めて考えてはいないんだけど、出来たら手に職を持ちたいの」
「獣医とか、歯医者さんとか、あるいは税理士とか言った資格が目的なの?」
「うん、未だ何かぼやっとしているんだけど…出来たら医療関係が良いかな!」
「それはお前の影響だと思うな」
と、横から吉村が口を挟んだ。綾子が幾らか恥ずかし気に…
「それは否定しないけど、でも人間の命に関わる仕事って少し魅力を感じるのは事実だわ」
「ふ~ん、そうなんだ。こんな俺で良ければ何か助言ぐらいなら惜しまないよ」
次回に続く

想い出は風の彼方に(24)

春合宿が終わると、四月の新学期までは何の用事も無い。久しぶりに酒屋の吉村の家にでも遊びに行ってみる。昼過ぎのせいか、彼は暇そうに店番をしていた。私の顔を見るなり、
「何だ、その真っ黒な顔は…」
と、尋ねて来た。
「何、部活で四国まで行って来たんだ」
「部活か…」
吉村は少し羨まし気な顔をした。
「何のクラブに入ったのだ?」
それでも彼は幾らか興味を示した。
「ワンダーフォーゲルだ」
と、私は無造作に答えた。
「何だ、そのワンダーフォーゲルって言うのは…」
「まあ簡単に言えば、山歩きが中心のハイキング部かな」
「へぇ、随分と気楽そうなクラブだな」
「ところが、そんなに楽でもないんだ。40kg近い荷物を背負って10日も山の中を登ったり降りたりして、かなり厳しいんだ」
吉村は少し感心した様に、
「それでお前の身体も引き締まって来たのか。以前はもっとポッチャリしていたのにな…」
「吉村にそんな言われ方をすると何だか恥ずかしいよ」
「どうして?」
「だって、お前の様に労働で鍛えた身体とは違うし」
そんな二人の会話の最中に、綾子が帰って来た。
「あら篠木さん、お久しぶりね。一年ぶりくらいかしら…」
久しぶりに会う綾子だが、私には妙に眩(まぶ)しく輝いて見えた。わずか一年の間に若い女性とは、こんなにも変わってしまうものか?
我知らず、顔が紅くなって行く自分に当惑していた。
「でも随分と真っ黒ね、身体も引き締まって…ちょっと良い男になったんじゃない」
「兄貴の友だちを揶揄(からか)うもんじゃあない」
そう言って吉村が、少しばかり綾子を睨んだ。
「あら、悪口を言った訳じゃあないんだし、感じたままを言っただけよ」
吉村が私の方に向き直り、
「高校に入ってから、こいつは生意気になって困っているのよ」
「女の子は基本的に口が早いから、今頃の高2だと普通じゃあない」
彼女の顔には目を向けず、私はさらりと言葉をはぐらかした。
「そうよ、兄ちゃんは仕事一筋だから…世間の事は何も知らないんだ」
「全く、お前の口には勝てないよ。もう分かったから夕食の支度にでも行きな。篠木にも何かご馳走してやってくれ…」
「いや、俺は良いよ」
私は一応辞退した。
「そう言うな、久しぶりに来たのだから飯ぐらい食べていけよ。お前の大学生活の話も聞きたいしな」
「そうか、それなら言葉に甘えてご馳走になって行くか。綾ちゃん、甘えても良いかい?」
「もちろんよ、ろくな物は作れないけど…皆んなでご飯を食べる方が楽しそうだわ」
綾子は満面の笑みを浮かべて答えた。
「こいつ、ああは言っているがお袋にかなり鍛えられているからそれなりの物は作れるよ」
「お兄ちゃん、変なプレッシャーを与えないで…私自信がなくなるから」
次回に続く

想い出は風の彼方に(23)

春合宿は追試験も全て終了した3月中旬から10日間に及んだ。場所は四国の大歩危小歩危(おおぼけこぼけ)だった。追試験で留年生が18名も出てしまい、新入生5名中の2名が合宿辞退となってしまった。昨年の30名には至らなかったが、140人中で18人と云うのはそれでもショッキングな数字だ。
合宿中にも、しばしばその話題が出た。
「えっ、あいつも落ちたのか?
何の科目で引っ掛けられたのだ…
何だって、哲学で落ちたのか!」
別の先輩は
「医学部に入って、哲学なんかで落第したなんて聞いたら親は情け無いだろな」
などと、溜め息を付いていた。
それはそれとして、新入生が二人も欠如したので私達にかかる負担は相当に厳しい。
四国とは言え、3月の水は未だ冷たい。飯盒の米を洗う手が冷たさで痺れて来る時がある。先輩への給仕も頻回で忙しい。自分の茶碗には山盛りにして、出来る限りご飯を押し込む。そうやって自分の食べる分だけは何とか確保するのだ。まごまごと先輩の給仕に追われていると、自分が食べるタイミングを失ってしまう。この過酷な合宿中には食べる事と寝る事が最重要だ。1日に8時間は歩き続ける。50分に10分の休みがあるものの、天気図の確認、予定通りのスケジュールが熟されているか、次の水場は確保されているかのチェックポイントは幾つもある。
この一年間の6回の合宿で、それなりの熟練度も達成しているが、そうは言っても未だ一年生だ。未熟な部分も多い。それでも徳島の大歩危小歩危の峡谷美は圧巻である。日本の自然美を心行くまで味わって幸福だった。辛い合宿生活が続く中で何度も挫折しそうな思いに駆られた事も多かったが、この春合宿は厳しいなりに充実感も強くした。大学合格時には、ブヨブヨだった体躯も10kgは体重が落ちてスリムな筋肉質の体型に様変わりしていた。40kg近いザックを背負って、1日に8時間も歩き続けるのだ。そんな生活を10日も過ごすのだから、どんなに食べても肥るなんて事はあり得ない。しかし、そんな合宿で最も閉口するのは10日前後も一切風呂に入らず、下着も全く替えない事だ。合宿の途中過程で稀にバスに乗ったりする事もあったが、そんな時は多くの乗客が必ず私達を避けて通る。だって、その悪臭たるや乞食の集団そのものだったから。
しかし若さと云う者は、図太いもので部員の誰もそんな事は気にしていなかった。こうして私も少しづつ汚い山男にと成長して行った。
どんなに長い合宿生活でも下着は常に一揃いだけである。一度も下山する事のない山歩きをする為に必要な食糧の重量はかなり厳しく、余分な下着を持ち歩く気分にはなれなかった。
その掛け替えの無い一揃いの下着は合宿解散後の入浴時に使用するものだ。もちろん、それまでの下着は全て捨て去る。そんな変色した下着は二度と身に着ける気にはなれない。そして入浴後の解散式には浴びるほどビールや日本酒を飲み尽くした。一人で650mlの瓶ビールの6本や7本は平気で飲んでいた。焼き鳥も20~30本ぐらいは食べていたかもしれない。
次回に続く

ガーデンママ 70歳主婦」の方への回答

先ず全ての認知症患者さんに効果的な治療法があるかと問われれば、答えは「No!」です。医師として何とも無責任な回答と思われるでしょう。
それは「癌治療」と類似点も数多くあります。早期発見であるか、患者さん自身に病気と闘う意思があるのか、家族の十分な理解と協力が得られるか、その他多くの条件が重なって「癌治療」も「認知症治療」も、その治療効果は大きく変わって来ます。
ましてや「認知症治療」は家族の深い理解と大きな愛の支え、それに忍耐心が必要とされます。私の「認知症外来」では、上記条件に満たしているご家族が4割程度です。この条件に満たしている方々の認知症治療は、それなりの効果を上げています。私のブログにある認知症連載小説「霜月の夕暮れ」全100話にその治療過程の家族の悩みが書かれています。それらを全てお読み頂いて、再度のご質問を頂ければ幸いです。直向きに努力を重ねるご家族の方に、私達はどれほど多くの事を教えられるか?高度の医療機器や専門医が勧める医薬品などで、認知症の治療が安易に治ると考えるのは大間違いです。あなたがどれほどお母さまの認知症と取り組んで行きたいと思っているのか、その存念をお伺いしてお母さまの個々の対応の仕方について、共に悩んで行きましょう。
「ご質問」
はじめまして。
丁度迷っていた矢先にこちらのブログを拝見いたしましたのでお便りさせていただきます。
よろしくお願いします。
母91歳
*74歳の時に住み慣れた土地から私の市に転

*うちから車で10分の場所のマンションに独居
*次女も近くに住んでいる
*コミュニケーションに問題があり、一人を好む
*「介護1」だが長谷川式テストは30点中27点
*この半年間の出来事
1.昨年10月 階下に水漏れ事故
2.   12月 10年以上通っている美容院を通過して分からなくなりパニック
3.12月末  玄関先で転倒して頭と足に怪我
4.3月     お風呂で転倒 頭と胸
5.6月     美容院の道が分からず1間徘徊するも無事に帰宅
そのほか
*化粧品を付ける順番が分からなくなった
*ポストの番号と開け方が分からない
*日付曜日が分からない
*作り話?
あった家とか店舗とかがなくなって更地になって いる それを何度もリアルの語る
*シュークリームなどのシンプルなお菓子を食べ たことがないと言って驚いた顔をする
*年金に見合わない高額な化粧品を買う
*食事をほとんど作らない(でも作ったつもり)
*年金は数年前に家計破綻したので妹が管理
*薬の管理 週一回妹が入れる
*パート先が傍なので妹が往復時に声をかけて
私は週1~2回手料理を持って話をする
そのような現在です。
怪我の方はどちらとも脳外科で検査。異常なし
時折まともに話せるときにはホームに入りたいと言いますがそれが具体的になると妹と一緒になってドタキャンします。妹は変化を嫌います。
夫は早晩なんらかの事故が起こるだろうからそれまでは遠巻きに見守るしかないだろうと言いますがそれでいいものがどうかと困っております。
何かが起きた後では後悔するのではないかと。
マンションでは母が最高齢者です。
アドバイスを頂けたらありがたいです。
*母はもともとコミュニケーション障害があり、
一対一の対話しかできません。自分にはわがままの言える娘さえいればいいという考えです。
ガーデンママ 70歳主婦