想い出は風の彼方に(60)

3月中旬の日曜、二人は新宿から小田急で箱根湯本駅まで行き、そこからはレンタカーで芦ノ湖にある旅館に向かった。昼近く芦ノ湖に着き食事を取る。そして遊覧船に乗る。春の風は未だ冷たい。しかし、二人は幸福に満ちていた。旅の醍醐味は、風景や食事よりもパートナーにある。
握り合った手の温もりを感じながらの旅行は、正に夢の世界である。
「私達って新婚さんに見えるのかしら!」
燥(はしゃ)ぐ様な弾んだ声で綾子が、浩司の耳許に囁いた。
浩司は胸の中で呟(つぶや)いた。
「新婚さんか?…いや、新婚さんではないだろう。恋人同士じゃあないかな。でも新婚さんと恋人同士って、どう違うのだろうか?」
妙な疑問に浩司は襲われた。
恋人同士と云うのは、ともかく会っていて嬉しい。そばに近づくと、ドキドキする。ずっと抱きしめていたい。でも生活の実態がない。今月の生活費を心配する恋人同士なんてあまり聞かない。
一方の新婚さんは、どうであろうか?…これは新しい形態の生活の始まりなんだ。足を地に付けた二人で築いて行く人生のスタートだ。当然の如く光熱費や食材の計算も念頭に置かなければならない。
どちらもラブ・ラブで良いが、人生設計の生活を基盤を意識するのが新婚さんであろう。そんな事を浩司は漠然と考えていた。
綾子が甘える様に聞いて来た。
「いま何を考えていたの?」
「なにね、僕等はやはり恋人同士だろうってね。どう見たって新婚さんには見られないよ」
「あら、どうして?」
「だって、どう見たって君は10代だよ。新婚さんにしては若すぎるだろう」
「そうか、それもそうね。でも、どっちだって良いわ。浩ちゃんと二人だけで旅行出来るだけで、とても幸せな気分だわ」
そう言って、綾子は浩司に寄り沿って来た。遊覧船から下りて二人は旅館に向かった。余りに若い二人を見て仲居が少し驚いた顔をした。
10畳一間の部屋に通され、宿帳が出された。そこに浩司は、篠木浩司、篠木綾子と記した。綾子はそれを横目で見て、
「ヘッヘェ、とうとう浩ちゃんの奥さんになっちゃったんだ」
と言って、笑った。
「何だ、嫌なのか?」
「馬鹿ね、嫌な訳がないじゃあない」
そう言うなり、綾子は浩司に唇を重ねて来た。浩司もそれに応えるかの様に、綾子に覆い被さった。そこに仲居が襖を開け始めた。二人は急ぎ身体を離した。仲居はクスクス笑って、
「仲の宜しい事で…」
と、少し冷やかした。綾子は頬を紅くした。夕食は7時からと言う事で、未だ2時間近くもあった。仲居が居なくなって、綾子は部屋の鍵をかけた。二人一緒に風呂に入る事にした。始めのうち綾子は恥ずかしがっていたが、浩司に続いて入って来た。二人は互いの背中を流し合った。
湯船の中で綾子の乳房を愛撫している間に、浩司の男が抑制出来なくなって来た。そのまま1度目の欲望を果たしてしまった。
次回に続く

想い出は風の彼方に(59)

「それなら話は早いや、お母さん軍資金をお願いしたいのですよ」
「なんの軍資金?」
「綾子ちゃんと2日ぐらいの旅行に行って来たいんです」
母の鈴子は少し驚いた顔をして、
「旅行に…綾子ちゃんのお母さんは許可なさったの?」
「うん、僕となら良いって…大学に行って変な虫が付くぐらいなら浩司さんに始めからガードしてもらっている方が安心だって…」
「あなた、それで責任が取れるの。それって事実上の婚前旅行みたいなものじゃあない!…赤ちゃんでも出来たらどうするつもり?」
「そうはならない様に十分に注意はするさ…」
「いくら注意するって言ったって、勢(はず)みと云うものがあるでしょう」
「まあ、そう言われちゃうと返事のしようがないけど…お母さんは綾子ちゃんが、将来この家の嫁になるのは反対なの?」
「そうは言ってないけど18や20才ぐらいでは、少し早すぎない」
「でも男女の出会いは一つの縁だからね、それは運命(さだめ)とも言えるし、大体僕はこの先も彼女以外の女性に興味は湧かないと思うよ…」
「本当かしら…あんたは未だ22才でしょう。これから色んな出会いがあるんじゃあないの?」
「お母さん、僕がそんな浮気性(しょう)に見える?」
「そうは言ってないけど…」
「ちょっと昔なら、僕ぐらいの年齢で結婚するのは普通だったでしょう」
「そりゃそうだけど…分かったわ。でも自分の行動には責任を取ってね。綾子ちゃんを裏切る真似だけはしないって約束出来る?
お母さんもあの娘(こ)の事は大好きなんだから」
「彼女を決して裏切る事はしないって約束出来ます」
「分かったわ、そこまて言うなら二人の旅行は許可しましょう」
そう言って、鈴子は浩司に10万円を手渡した。
「有難うございます。心から感謝します。やっぱり僕のお母さんだ」
「お前は何時からそんなに口が上手になったんだろうね、もうお母さんの手には追えないわ」
「そんな事はないよ、僕は何時までも変わらないお母さんの可愛い息子ですよ」
「全く敵(かな)わないね、もう良いからお休み」
「はい、それではお休みなさい…お母様」
こうして浩司は母から何とか10万円をせしめた。
翌日の朝10時半、二人は駅近くの旅行会社に出掛け箱根旅行のスケジュールを相談した。日曜からだと旅館も取りやすい。箱根湯本駅からはレンタカーの予約を取る。旅館は芦ノ湖周辺にした。月曜からだとスケジュールはもっと立て易いのだが、浩司には春合宿の予定が先にあった。四国の大歩危小歩危ではチームのサブリーダーリーダーになっていたので、この日曜からの箱根旅行が限界だった。
この旅行の後は、春合宿の旅行日程を部員全体で協議しなければならない。
あれこれと忙しい日々であったが、綾子との旅行は是非実現させたかった。
次回に続く

想い出は風の彼方に(58)

「ところで、綾ちゃん。箱根の旅行はどうする?」
「もちろん、行くわよ」
「今度の日曜日から2泊ぐらいで考えているんだけど。小中学生が春休みに入る前の平日なら、旅館も取りやすいし…綾ちゃんの予定はどう?」
「私なら、卒業式の日だけ除けば大学の入学式までは大丈夫よ。でも、旅費はどうするの?」
「お袋を口説き落とすよ、俺には結構甘いから」
「でも、私の分まで持ってもらうなんて何だか気が引けるな…」
「気にする事なんて無いよ。お袋だって君の為の旅費なら喜んで、お金を出してくれるさ」
「何だか、図々しく思わないかしら、お母様は…」
「そんな心配は全く無用だと思うよ。この間もお袋は『綾子さんの合格祝いはどうしたら良いかしら』と、俺に相談して来たくらいだから。お袋としては君に何か可愛い洋服を買いたいんだよ」
「そんな…?」
「娘がいないから、女の子の洋服を買いたがっているんだ。多分、お袋はそんな様な話を近いうちにして来ると思うから、その時は付き合って欲しいな。何だったら俺も付き合うから…」
「浩ちゃんが一緒なら、お付き合いしても良いわ。でも私一人なら困るわよ、だって余りに図々し過ぎるもん」
「そんな事は無いって、お袋は君が可愛いくて仕方がないんだよ。それじゃあ明日、二人で旅行会社に行ってみるから、それで良いね」
「うん、浩ちゃんの言う通りにするわ」
「じゃあ、今日はこれで気がすんだから、明日また会おう」
そう言って、浩司は綾子と軽く唇を合わせ、自分の家に帰って行った。家に帰り着いた時は11時を回っていた。
「浩司、こんな遅い時間まで何処に行っていたの?」
「いや、母上様。ご心配をかけて誠に申し訳ございません」
「な~に、その大仰な言い草は。お母さんを揶揄(からか)っているの?」
「滅相もない。ただ少々頼み事がありまして…」
「何時もの様に普通に話をしないなら、お母さんも浩司の頼み事など聞く気にはなれないから…もう良い年をして何をふざけているの」
「ご免、ちょっと言いにくいお願いなんですよ」
「何よ、その言いにくい願いって云うのわ。話の内容しだいですよ」
「実はですね、う~ん、やっぱり話しにくいな」
「男のくせに、随分と煮え切らないのね」
「もうこうなったら、清水の舞台から飛び降りた覚悟で話します」
母の鈴子は苦笑いしながら、
「また大げさな言い方をして…今日の浩司は変だわ!」
「はい、お母さん。今日の僕は変なんです。恋の虜(とりこ)になっているのです」
「それは綾子ちゃんの事なの、それならお母さんは許します」
「お母さん、僕は彼女に恋しているのです。学生の分際ですみません」
「そんな事は、浩司が綾子ちゃんの家庭教師を始めた時から分かっていたわよ。そして、昨晩は本当の恋人になってしまったんでしょう」
「お母さん…!」
「馬鹿ね、浩司の考えている事は何でもお母さんには見通しよ」
次回に続く

想い出は風の彼方に(57)

「そうなの、私もあれから家で5時間以上は寝てしまったから浩司さんに文句は言えないわ」
「仕方がないよ。僕らは一晩中ほとんど寝なかったのだから。昔、読んだシエイクスピアの作品にこんな事が書かれてあったんだ。『恋人たちは隠れて欠伸をする』ってね。
どんなに愛しあったって、人間だから肉体的な疲労は出て来るものさ。でも不思議なもので元気になったら、また君に会いたくなってしまったよ。今日は夜も遅くなるから会えないけど、明日は会えるよね」
「もちろんよ!」
「それじゃあ今夜、会えない代わりに一言だけ…綾子、君が死ぬほど好きだ」
「私もよ…もう一度言って、お願い!」
「綾子、君が死ぬほど好きだ」
「有難う、その言葉だけで明日まで待てるわ」
「駄目だ、君の声を聞いていたら僕が明日まで待てなくなってしまった。今から直ぐ君の家に出掛けるから5分だけでも会ってくれないか?」
「浩ちゃんって、子供みたいね。でも、良いわよ。9時半丁度に家の玄関前で待っているけど、その時間で間に合うかしら?」
「大丈夫、必ず間に合わせる。じゃあ、後でね…」
「うん、待っているわ」
こうして浩司は、急ぎ服を着替えて物も言わずに出掛けた。綾子の家に着いたのは9時28分だった。浩司を見つけると綾子は走り寄って来た。彼は嵐の様な勢いで綾子を突然に抱きしめた。そして、奪う様に唇を押し付けて来た。
「浩ちゃん、もっと優しくして…このままだと湖底(うみのそこ)に沈み込んじゃう」
「ご免ね、君の姿を見たら何もかも忘れてしまうんだ」
「怒ってなんかいないわよ。私だって嬉しいのよ。でも、余りに激しいと何かが一遍に崩れ去ってしまうんじゃないかと、恐い気がするわ。ゆっくりと長く愛されたいの…」
「そうだよね、今のは自分勝手だよね。愛ではなく、ただ欲望を押し付けただけだ。ご免ね、反省しているよ」
「ううん、何も反省なんかする必要はないわ。私だって嬉しいんだから…でも家の前だから誰かに見られたら少し恥ずかしいと思っただけ」
「本当にそうだね、そうなったら君にも迷惑をかけてしまうし…」
「別に迷惑なんて事は何も…私こそ変な事を言って、ご免なさい。浩ちゃんを傷付ける様な事を言ったりして」
「いや、悪いのは僕の方さ。篠木やおばさんに見つかったら、ちょっと会わせる顔が無いもんね。綾ちゃんの言う通りだ、ゆっくりと長く君を愛して行く様に努力する」
「浩ちゃん、そこまで生真面目に考えなくても良いのよ。出来たら誰にも見られない所で、思い切り愛して」
「そうだね、そうする」
「はい、お利口さんです」
「何だか、どっちが年上か分からないね」
「浩ちゃん、恋人同士に年の差なんか無くてよ」
一夜にして綾子は18才と雖(いえど)も、大人の女になっていた。
次回に続く

想い出は風の彼方に(56)

もう、二人にそれ以上の言葉は必要なかった。
「じゃあ綾ちゃん、家まで送って行くよ」
「あら、綾子って呼んでくれるんじゃあないの。それに昼前だから一人で帰れるわよ」
「直ぐに、綾子って呼ぶのには時間がかかるよ。それに昨晩の事は篠木にもお母さんにも僕からお詫びしなければ…」
「何を詫びるの?」
「だって未成年の君と一晩も一緒に過ごしたんだぜ、やはり一言詫びる必要があるだろう」
「浩ちゃんって、妙に型苦しいのね」
「だって篠木家の一人娘なんだぜ、それを一晩かっさらったんだ。お詫びに行くのは当然だろう」
「かっさらっただなんて、私から進んで浩ちゃんに纏(まと)わりついていたのよ」
「まあ、そう云う事にして、やはりお詫びに行くよ。僕の気がすまないから…」
「分かったわ、浩ちゃんの好きにして。でも二人で朝帰りと云うのも少し恥ずかしい気がするけどね…」
「確かに、だからこそ僕がちゃんと謝りに行かなければならないんだ」
「そうかもしれない!」
綾子も素直に頷いた。
二人が綾子の家に着いたのは12時を回っていた。家に戻り綾子が、
「お母さん、ただ今」
と、声をかけた。
「まあ随分とゆっくりだった事、浩司さんとずっと一緒だったの?」
そう言って母親は訝(いぶか)し気な顔を綾子に向けた。
そこに浩司が顔を出して、
「おばさん、すみません。綾子さんを遅くまで引き留めてしまって、僕が悪いのです」
彼女の母親は急に笑顔になって、
「浩司さんが、ちゃんと監視して下さるなら構わないのよ。若い娘が一人で夜の街をぶらぶらしていたら怒りますけどね」
「おばさん、それは無いですよ。綾子さんに限って…」
「そう、それなら良いんだけど。それより浩司さんはお昼は未だなんでしょう、何か食べて行きます?」
「折角ですけど、これから寄る所があるので今日はこれで失礼します」
「そう、それは残念ね。じゃあ又、遊びに来てね」
「はい、有難うございます。では、これで失礼します」
こうして、浩司は自宅に戻った。何処に行く宛てもなかったが、ともかく眠りたかった。綾子の家で昼食を頂くよりも自分のベッドで眠りにつきたかった。まさに精も根も尽き果てた感じだ。
自宅に帰り着くや、母が作ってくれたラーメンを食べた。後は自分のベッドに潜りこみ深い眠りに入ってしまう。
目を覚ますと、時計の針は8時を指していた。7時間近くも寝ていた事になる。父親は未だ帰っていなかった。ともかく空腹感に襲われた。母の用意してくれた野菜炒めとご飯を食べる。人心地着いてから綾子の所に電話をかける。さっそく彼女からクレームを受けた。
「何時まで待っても電話が掛かって来ないから、どうしたのかと思っていたわ。綾子の事、嫌いになったの?」
「まさか、嫌いになる訳なんかないだろう。家に帰ってから7時間近くも眠ってしまったんだ」
次回に続く

想い出は風の彼方に(55)

浩司は自分の体液を思い切り綾子の体内に吐き出した。避妊用具は一切使用しなかった。純血と純血の身体を打(ぶ)つけ合うのに、そのような避妊用具はいらないと綾子が拒否した。18才と云う綾子の身体は健康と若々しさに輝いていた。風呂から出て一休みをした。濡れた髪をドライヤーで乾かす間も浩司は待てなかった。ともかく自分の体液を一滴残さず、綾子の身体に注ぎ込みたかった。風呂から出ても浩司はひたすら綾子の身体に挑みかかつた。
一度抑制の取れた若い性は、留まる所を知らない。夜が明けるまで彼等は欲望の底まで突き進んだ。
綾子にとっては快楽とは程遠かったが、浩司の満足し切った顔を見ているだけで十分に幸福だった。さらに浩司から愛されている実感が彼女を甘くシビレさせていた。浩司にとっても自分が初めての女だと言う。この事実が彼女の満足度を、より強いものとしていたのかもしれない。
トイレに立ち上がった時に自分の顔をしげしげと見た。昨日までの自分と女になってしまった顔に、余り違いは見られなかった。でも幾らか大人の女の顔になった様な気がした。
朝食は駅近くの喫茶店でモーニングサービスのトーストと半熟の卵それにコーヒーを口にした。二人とも学校は春休みに入っていた。テーブルの下で二人の脚は絡み合っていた。共に身体の一部が触れていないと落ち着かなかったのである。周りに人が居ない瞬間を狙っては幾度となく唇を重ねた。喫茶店の2階で数時間以上も過ごしてしまった。
会話はなく、手だけは握り合い瞳だけを見つめ合っていた。身体は気怠(けだる)かったが…昨晩は殆んど寝ていなかったので…家に帰る気にはなれなかった。時刻は昼近くになっていた。
浩司の方から声をかけた。
「綾ちゃん、帰ろうか。今夜にでもまた電話をするから…出来たら明日も会いたいな」
「うん、帰りましょうか。明日は友だちと会う約束があるけど、そんな事はどうでも良いわ。どんな言い訳だって思いつくから…それより浩司さんと会う事以上に大切な事などないもの。私って悪い女なのかしら?」
「僕にとって君ほど素敵な女性はいないよ。綾子、死ぬほど好きだ。ご免、呼び捨てにして…」
「ううん、これからは綾子って呼び捨てにして…その方が嬉しいわ。私も浩ちゃんって呼ぶから、それで良いでしょう」
「そうだね、もう僕等は昨日までの関係ではない。人生最大のパートナーになっている。僕は綾子の全てに責任を取る必要がある。昨晩の僕は一時の快楽だけをを求めた訳ではない。親友の妹と知っての行動だ。君さえ嫌じゃあなければ僕は綾子を一生、僕のそばから離す積もりはない。僕の一人合点なのだろうか。
もしそうだとすれば僕は君に土下座するしかない」
「浩ちゃん、私が貴方をどれだけ好きなのか分かっていないのよ。もし、少しでも分かっているなら…そんな事を言うはずはないもん。浩ちゃんがしたいと思う事で私が、No.だなんて言う事なんかある訳ないじゃない」
次回に続く

想い出は風の彼方に(54)

浩司の家から綾子の家までは電車で、駅が3つぐらいの近さであった。徒歩を入れて30分もかからない。しかし、この日の二人は遠回りして上野まで行き不忍公園を散策した。春と言っも未だ3月初旬である。夜の風は冷たかった。それでも二人の心は幸福に満ちていた。その手はしっかりと握られ身体もピッタリと寄り添っていた。人目を気にしながら幾度か唇も重ねた。
「今夜はご免ね、皆んな馬鹿みたいに燥(はしゃ)いで僕たちが今にも結婚する様な勢いだ。綾ちゃん傷付かなかった」
「ううん、私は全然。それより浩司さんこそ嫌な思いをしたでしょう」
「僕は綾ちゃんが心から好きだから何を言われても平気だよ」
「嬉しい、浩司さん。もっと強く抱いて!」
「綾ちゃん…」
そう言うなり、浩司の口づけはより激しくなった。
「3月の部活の合宿前に二人で小旅行に出かけようか?
「何処へ?」
「箱根でも日光でも何処でも良いんだ。ただ綾ちゃんと二人だけでずっと居たいんだ」
「親には何て言うの?」
「僕は包み隠さず、綾ちゃんと出掛けると言うさ」
「じゃあ私も浩司さんと出掛けると正直に話す」
「お母さんが反対したら、綾ちゃんはどうする?」
「誰が反対しても私は行くわ。浩司さんほど大切な人はいないもん」
「有難う、僕もこれからは君と真正面から付き合って行くよ。その結果生じた責任は僕が全て取るさ」
そう言って二人はまた激しく抱き合った。その二人の手は何時迄も離れなかった。
互いに狂おしいまでに愛おしさを感じていた。
「綾ちゃん、僕は君を今晩は返せそうにない。親からどんな批判を受けても君とは離れられない」
「私は浩司さんの好きな様にして良いわ。このまま駆け落ちになっても構わない。いつも浩司さんの事ばかり考えているんだもん。浩司さんと二人なら何も恐くはないわ。私を浩司さんの物にして…」
そうやって二人は池の周りをグルグル歩いていた。
「綾ちゃん、本当に僕は君に何を求めてても良いの?」
「もちろんよ、浩司さんが私を求めているのでは無く、私が浩司さんを求めているの」
「じゃあ今晩は君を本当に返えさないよ…」
「私も帰りたくない」
「綾ちゃん、君が心から欲しいよ」
「私もよ!」
二人はそのまま上野の旅館に入った。両方の両親には電話を入れて今晩は二人だけで過ごすと告げたが、避難がましい反対はなかった。初めて二人だけで風呂に入った。綾子は少し恥ずかしがった。それでも浩司は綾子の乳房を執拗に求めた。彼女は何も拒否はしなかった。
「優しくしてね」
と、言うのみだった。抱き合った浩司の手は何時迄も離れなかった。突然に浩司の男性自身が入り込んで来た。激烈な痛みを感じたが、綾子は堪えた。二人とも初めての経験である。ぎこちない手際であった。それでも綾子は嬉しかった。やっと浩司と一つの身体になれたのだ。
次回に続く

想い出は風の彼方に(53)

浩司の母親は急いで寿司屋に出前の注文を出す。特上の寿司が届くのと同時に浩司の父親も帰って来た。綾子の慶應大学合格の話を聞かされ満面の笑みを浮かべる。一斗樽を見て、さらに驚き喜ぶ。
寿司を食べ、一斗樽から栓を抜いて日本酒を美味しそうに口にする。
「いや、今日は最高の日ですな。うちの馬鹿息子がどれ程のお役に立てたかは疑問ですが、何にしても綾子さんの慶應大学合格は快挙だ。実にお目出度い、もし綾子さんが浩司のお嫁さんにでもなって頂けるなら父親としてはこんなに嬉しい事はない」
と、ご機嫌の絶頂だ。
浩司も綾子も黙って下を向いていた。綾子の母親と篠木までが、
「本当に、綾子を貰って頂けるならこんな良縁はない」
と、口々に賛同した。
突然、綾子が怒った様に…
「皆んな、何が面白くて私たちをそんなに揶揄(からか)っているのですか?」
浩司も同じ様に…
「そうですよ、今日は綾子ちゃんの合格祝いに集まったんでしょう。僕は一向に構わないけど、まるで婚約祝いみたいな騒ぎ方じゃあないですか。綾子ちゃんは未だ18才ですよ。これから大学に行って勉強する身ですよ。僕だって医師国家試験まで3年もあるんです。婚約がどうのこうのと云う時期ではないでしょう」
浩司の父親が、
「お前の言う通りだ。二人はまだ勉学中の身だ。先ずは大学に行って人間形成をするのが先決だろう。それはそれとして、健全な男女交際も人間形成にはまた重要な要素となり得る。事実、この2年余り二人は自分たちの分を弁(わきま)え真面目に勉学に勤しんで来た。その結果として、綾子さんの合格と云う快挙に繋がったのであるまいか。その意味では私達は彼等二人を、これからも暖かく見守って行くべきだろう。綾子ちゃん、浩司、そんな所で機嫌を直してくれ」
父親としては、真に当を得た発言だった。全員が心から納得した。春の陽は比較的に長いが、それでも8時ともなると外は真っ暗である。
「あら、あら、すっかり長居をして…徹夫、綾子そろそろお暇しようかね」
と、母が言うのを…
「お母さんとお兄ちゃんは先に帰って、私は後片付けのお手伝いをしますから」
「おや、そうかい。それじゃあ徹夫と二人でお暇しようかね」
「綾子ちゃん、そんな気を使わなくても良いのよ。お母さん方と一緒にお帰りになったら」
「でも、おばさま…浩司さんとも少しお話がしたいですし…」
「あら、綾子ちゃん。ご免なさいね、そんな事も気がつかずに。それなら少し後片付けのお手伝いをお願いしましょうか…」
「はい、おばさま。喜んで」
綾子は嬉々として答えた。
こうして二人を送り出した後、彼女は台所で後片付けを率先して行った。9時を回った所で、浩司と綾子は揃って家を出た。
「じゃあ、お母さん。綾ちゃんを送って行くよ」
そう言い残して彼女の家路へと向かった。
次回に続く