診察室からコンニチハ(43)

日々の外来診察を通じて思う事は、医師と言えども所詮は人間で、患者さんとの間に言葉の軋轢(あつれき)を起こしてしまう事があります。
ある患者さんの例を出します。その患者さんに私としては出来る限り丁寧に相手を気づかいながら精一杯説明したつもりでしたが、理解してもらえませんでした。その方は50歳代後半で身長166cm、体重98kgの男性でした。糖尿病があって高血圧と高脂血症も合併し、かなりの薬を飲んでいます。典型的な成人病でした。。3~4ヶ月に1度の割で採血をさせて頂き、糖尿病やコレステロールの経過を見ていました。3年以上は外来診察をしていました。ある日、私は…
「もう少し体重を落とせると、血圧や血糖も安定すると思うのですが…」
と、軽く注意を促しました。すると、その患者さんは急に顔色を変えて…
「そんな事は分かっている!」
と、声を荒立て席を立ってしまいました。それきり、その患者さんは病院に来る事はありませでした。
肥満している事自体が、彼のコンプレックスになっていたのでしょう。
それを医師の私に指摘されたので、逆上してしまったのでしょうか?
自分でどうにもコントロールの効かない事を指摘される事ほど、傷つきやすいのかもしれません。極端に肥満の方の多くはメンタル・ケアからしなければならないのでしょうね。
その意味では私にも反省すべき点はあったと思います。
次回に続く

診察室からコンニチハ(42)

秋の講演「年齢の壁」は、80名以上の参加者があって、なかなか盛況でした。病院スタッフは10名近くがサポートしてくれて、とても助かりました。受付けとか、会場の整理とかの下支えがあってこそ、私の拙い講演も成立するものだと改めて感謝の念を強くしました。
その感謝の思いとは別に、スタッフの多くが私の講演そのものには、外部の参加者ほどには関心を示していないのではないかとの奇妙な寂しさに襲われました。何でそんな気持ちになったのかと言えば、講演の後でスタッフの何人かに感想を聞いてみたのですが具体的なコメントはもらえませんでした。もちろん彼等の多くは私の講演を支える為の仕事が忙しく、ゆっくりと講演に耳を傾ける余裕はなかったのでしょう。
つまり、こんな思いは私の身勝手な我が儘である事に間違いはありません。それでも講演をする立場の人間と云うものは、常に誰彼構わず感想を求めているものなのです。
それでも後日の外来診察で、訪れる患者さん方に多くのお褒めの言葉を頂き大いに気を良くしたのですが。
結局、私はただの見栄っ張りなのかもしれません。
経済的な利益よりは、自己満足や自己主張を重んじる性格なのでしょうか。そんな性癖が、3年以上も認知症の公開質問を継続しているエネルギーになっているのかもしれないと、自己分析したりしています。自分では認知症患者さんや家族の方の為に少しでも役に立ちたいと云う思いが強く、その為に多くの時間を割いて公開質問を継続していたものと信じていたのですが、果たしてそんな綺麗事だけであろうかとの疑問が立ち込めて来たのは事実です。
次回に続く

ママレードさんへの回答(再々)

とりあえず、ウィンタミン散の使い方は以前申し上げた方法で様子を見るしかないと思います。メンタル・ケアに関しては、すでにご存知かもしれませんが
【ユマニチュードの実践編】を参考までに、ご紹介します。何かの参考になれば幸いです。
さて、「ユマニチユード」の実践編です。テクニックは見る、話す、触れる、立つという4つの柱を基本とし、150を超える技術で構成されています。そして全てのケアは、5つのステップを経て行います。 
• [1]「出会いの準備」 
• [2]「ケアの準備」 
• [3]「知覚の連結」 
• [4]「感情の固定」 
• [5]「次回の約束」 
 まずは「出会いの準備」というステップで声かけをしながら、患者さんのプライベートな領域に入る許可を得ます。それは他人の家に訪問した時、玄関のドアをノックするのと同様の行為です。それが4人部屋などの空間であっても、そこは患者さんのプライベートな領域なのです。当然のごとく 
「こんにちは」とか、 
「いま失礼しても良いですか?」 
とかの許可を得る必要があります。 
しかし、病院や施設ですと患者さんのベッドルームがプライベートな領域であるとの認識が乏しくなっている傾向が強いのではないでしょうか。何の断りもなく、さあオムツ交換の時間だからとかってにベッドルームへ近寄り、機械的に身体の清拭をしたりしていた例が、これまでは多かったでしょう。これでは人間同士の温かい介護の手とは言えないと思います。ですから先ずは「出会いの準備」から始めなければならないのです。そして患者さんの了解を得て次に入るのが「ケアの準備」です。このポイントは相手とともにいる時間が心地よいものであることを表出しながらケアの導入へと進めます。実際にケアをする際は、清拭する部位の順番にも心を配ります。清拭する部位の順番にも根拠があります。例えば認知症女性の場合、感覚が比較的鈍い足から拭き始めるのです。次に背中、そして前面へと拭いていきます。最も敏感な顔と手は最後に行います。車を洗うように、ただ患者を洗えばいいというものではないのですから。この清拭の場合も常に声かけが必要です。 
「どう、気持ち良いですか? 
タオルの温かさは大丈夫ですか? 
どこか痒い所はない…汚れの気になる所はどうですか?」 
通常の美容院で洗髪する場合、美容師は何時だってこの様な声かけをしながらお客様の洗髪をしていますよね。これが病院や施設だと、相手が認知症患者だと思ってしまうせいか、この様な声かけの少ないのが気になります。認知症患者さんだって感情は持っているのですから、少しでも気持ちの良い状態で清拭や洗髪をしてもらえる方が、心は開いてくれるでしょう。互いに心の接点を大切にする事が、この「ユマニチュード」の基本理念です。 
ケア中は、触覚や視覚、聴覚の全てにポジティブなメッセージ(人間として支え合うことの喜び、金銭ではなく奉仕出来る事への感謝、誰かの役に立っていると云う充実感、人格の尊重)を伝える「知覚の連結」を行います。 
認知症患者さんであってもケアしている人の心は伝わっているのです。仕事だから、嫌々行っているオムツ交換、効率化を優先する食事介助などにはへきへきしながら患者さん達は我慢しているのです。オムツ交換をして清潔になったと云うメッセージより、強引な体位にさせられた屈辱的な思いだけが印象として強く残っているかもしれません。そんなマイナスイメージの中では「知覚の連結」は生まれません。優しい言葉を掛けていてもアイコンタクトが成立していなかったり、腕をつかんでしまっていては、「あなたを大切に思っている」というメッセージは認知症患者さんには伝わりません。認知症患者さんの目を見ながら、 
「オムツ交換をして身体を綺麗にしましょうね。少し体を横にして頂いても良いですか?大丈夫、痛くはないですか…もし宜しければ私の左腕を支えにしても良いのよ」 
この様な声かけとアイコンタクトが「知覚の連結」の基本なのです。そこには患者さんの意志を優先したオムツ交換があるのです。 
「どうですか、身体が綺麗になったら気持ちもスッキリしたでしょう。これでお食事はもっと美味しくなると思うわ」 
と云う発言に「知覚の連結」が生まれるのです。 
人は金銭なくしては何も買えません。しかし、金銭で全てが買えるのではないのです。心の絆で人間同士を支え合う事も出来るのです。 
この様にして「知覚の連結」が一歩前進すると、食事の介助もスムーズになって行きます。この介助にも相当のテクニックが必要です。テーブルの上に置いある皿からスプーンで直接的に口まで運び入れる作業は考えものです。それだと単なる作業です。声かけはもちろんですが、何が口に入れられるかの認識が必要なのです。皿の上に盛られたカレーライスを患者さんの目線にまで上げ、 
「今日はとても美味しいカレーライスが出来たのよ。ほら見て、美味しそうでしょう。食べてみる?」 
と云う、声かけと食べ物がカレーライスであると認識してもらう必要があるのです。より快適な状態で食事を楽しんもらう感性が介護者に求められるのです。 
ケア終了後に行うのが、「感情の固定」です。認知機能が低下し、3分前の出来事を覚えていなかったとしても、感情記憶は残ります。ケアしてくれた人の名前は分からなくても、私はこの人が好き、嫌いということは覚えているものなのです。 
「この人は優しい人だ」 
という感情を覚えておいてもらうのが、「感情の固定」です。 
具体的には、ケア後に患者さんをなでながら「さっぱりしたね」「気持ちいいね」とポジティブな言葉を掛け、「また来るね」と「次回の約束」をします。 
このなでるというテクニックも正確な技術が必要です。指を開いて肩のあたりをなでます。顔と顔を20cmまで近づけ、目と目をずっと合わせて前向きな言葉を発し続けます。 
すると、次に会ったときもケアした人の顔を覚えており、スムーズにケアを行うことができるようになると言います。 
ある認知症患者さんは、顔を覚えたケアスタッフが行くと素直に口を開き、自分で薬を進んで飲んでくれる様になりました。そして暴れることもなくなり、両手の拘束が不要になります。そして次の段階では、患者さんの好物であるバナナを用意しました。自分で皮をむいて食べる事さえ出来る様になりました。その5日後には車いすに座って箸を使い、食事を取れるまでに改善したのです。 
「ユマニチユード」を発案したジネスト氏は、こう述べています。 
「ケアしてくれる人を友達と認識し、人間同士の絆を感じたことで意欲が沸いたのです。私も、友達と一緒に食事をすると食べ過ぎるし飲み過ぎてしまいます。人間の食事とはそういうものです」と… 
さらにこの認知症患者(女性)は、歩行のトレーニングをすることになりました。最初は大変でしたが、補助しながらゆっくり歩を進めます。 
「立位を取ることで、人間の尊厳を取り戻してもらいます」(ジネスト氏)。 
そして迎えた退院の日、女性は鏡を見ながら髪の毛をくしでとかし、自分で選んだアイシャドーでお化粧をして病院を後にしました。このような変化が、ユマニチュードを「魔法」と評する人がいるゆえんでしょう。 
どうせ認知症患者なんだから何も分からないと云う偏見が、人間性の尊厳を蔑(ないがし)ろにして来たのです。これまでの介護現場では… 
我が国でもフランスから伝わって来た「ユマニチユード」の理論を頭で理解する人は増えています。しかし人手が足りないとか、介護にそんな多くの時間をかけられないとかいった幾つもの言い訳で、真にこの理論を学び実践しようとする施設や病院は極めて少ないのが現状です。安易な薬剤投与が未だ多くの現場では横行しています。それは経済的効率を優先しているからでしょうか、いいえ人間性の尊厳を置き忘れているからではないでしょうか。 
私も医師として、反省すべき点は多々あります。それでもなるべく多くの時間をカウンセリングや脳トレに費やしています。「ユマニチユード」の理論を知る前から、この姿勢は変わりません。それでも現場の介護をするスタッフの大変さと、苦労の訴えに負けてしまう事があります。
【ご質問】
再々の質問のご回答ありがとうございます。 
本当に、このような公開の質問回答を受けていただける先生がおられるとは、信じられない思いで、感謝の気持ちしかありません。
私も向精神薬はなるべく増量したくありません。
10mgを服用して1週間ですが、あまり顕著な変化はありません。(急に効いたら、逆に怖いですが)
不安(寂しい)症状が強い、怒りっぽい、笑わないが顕著。
困っている症状は側で手を握ってないと、寂しいと、大声で呼び続けます。(昼間は施設に通所してますが、他の利用者がうるさくて困っている)
1日でも、不穏の波があり、強くなると、机叩く、物をなげる、他の人に暴言を吐く。
施設の人も、その際は、外に散歩に連れて行ってくれて気分転換を図ってくれてます。
大声だすと、なるべくスタッフの人が側についてなだめてくれてます。
ただ、四六時中手を握ることは施設、自宅でもできません。
自宅でも、なるべくよく話しかけ、好きやよ、ありがとうとか、褒めたりしますと、こっちこそとか言って、話ししてくれます。
でも、不穏が強い時は聞く耳を持たない状況になります。
また、とにかく側を離れると、1分もたたないうちに、大声で呼び続けます。
それと手を握っていても、不穏な時は、爪を立てたり、強く手をつねったり、かいたりを続けるので、こちらの手や腕が傷やあざだらけになり、痛さで我慢できない時が多々あります。
大好きな母です。なるべく自分で面倒みたいです。そのため、不穏の強いのがなくなればと思っています。
施設、家庭ともメンタルケアを一生懸命やっているつもりなのですが、それでも不穏になるので、辛いです。メンタルケアのやり方が違うのか、足りないのか・・・。なにが不穏の原因か分からないことが多いです。
こちらの話しかけもわかってますし、会話もしてくれるし、文字も読んだり、書けたり(変な文章ですが)娘の事もわかってます。
大変落ち付いている時は、気遣ってくれる言葉もかけてくれます。
同じ人間かと思うくらい差が激しいです。
メンタルケアのやり方、上手くいった事例などこのブログで機会あればまた紹介していただければと思います。
先生に一度診ていただきたいくらいですが、なにせ、関西で胃瘻、痰吸引では本人の移動は不可能です。
長々とすみません。いつも他の記事等も拝見し、色々参考になりありがたく思っております。
ありがとうごさいます。

青田さんへの回答(再々)

私の認知症外来での、「脳トレ」はそれなりの効果が見られます。長谷川式テストで言うなら14→18点ぐらいまでアップするケースも稀ではありません。問題は「脳トレ」の実施の仕方により大きい差が出ます。
焦らず、笑みを絶やさず、間違いを否定せずに地を這う様に続けて行く努力です。ある82才のご婦人は毎回外来に訪れる度に、私が何時も宿題の様に手渡す「脳トレ」用紙を、
「こんな物は一度も見た事がない」
と、半年以上も言い続けていました。それが1年以上かけた現在では、着実に「脳トレ」の効果を上げてご家族も喜んでいます。最初の半年ぐらいはご家族の不信感も顕著で、私も幾度か断念しかかった事実があります。「脳トレ」に即効性はまるでありません。ただ努力あるのみです。青田さんの仰った医師は、どの程度の時間をかけて「脳トレ」を実施しているのですか?
私の場合は初診から数回までの診察では、30分以上はかけて、ご家族を中心に「脳トレ」の実施方法と意欲向上のテクニックを理解して頂いております。この様な診療行為を実施しているドクターは稀だと私の娘(医師ですが)も言っておりました。
「認知症の公開質問にしても、日常の外来診察にしても大学病院で、こんな事をやっていたら上の先生に叱られてしまう」
とも、娘から皮肉を言われる事があります。
確かに長谷川式テストで10点以下だと、脳トレの成功例は余り見られません。
「認知症は、癌の進行と同じで、脳トレをしたくらいでは、止まらないと断言していました」
と、話された医師は認知症の何を勉強しているのでしょうか?世界的な認知症治療の流れを知らないのでしょうか?フランスで大反響を呼び起こされている「ユマニチュード」の理論を知らないのでしょうか。
医師も介護者も、もちろんご家族も色々な工夫を重ね「脳トレ」に励んでいるのです。「短期記憶」が悪ければ、写真や言葉かけを活用して何十回ともなく、脳に刺激を与え続けるのです。決して感情を出す事なく笑顔で刺激を与えるのです。時にそれは気の遠くなる様な努力と写るかもしれません。
いま、内科の私の外来に「うつ病」とか「統合失調症」の様な患者さんも数名通っています。何度か精神科の受診をお勧めしているのですが、また私の外来に来てしまいます。それは、私が長い時間をかけて彼等の話を聞くからです。長時間のカウンセリングとお考え下さい。一般外来の時間帯では、どうしても他の患者さんを長く待たせてしまいますので、外来診察以外の夕方とかに時間を割いてお話しを聞いています。その結果、1年以上かけて精神科領域の薬を大幅に減量させたりもしています。
「脳トレ」も全く同じです。その方に合った方法を常に探しています。
ある意味では、試行錯誤の繰り返しです。「認知症」と云う学問は未だ分からない事が多いのです。分からないからこそ、色んな角度から治療法を探し続けているのです。
現実には「脳トレ」に確実な成果を上げた病院も知っています。ほとんど薬に頼らず、「脳トレ」「音楽療法」「行動療法(自由な徘徊やダンスなど)」で、患者さん方は皆んな生き生きしてました。徘徊を自由にさせるなんて、どんな病院のどんな医師が思いつきますか?
そうなんです。認知症治療には未だ無限の可能性があるのです。日本で脳トレといえば、川島隆太教授が有名です。
ニンテンドーDSの「脳を鍛える大人のDSトレーニング」が大ヒットしたのも、記憶に新しいかと思います。海外でも大ヒットしています。
しかし、私の実施している脳トレとは、かなりイメージが違います。懐メロ「歌謡曲や童謡」などで、ご本人の好きな物を覚えたり生活スキルを向上させたりするには、どうしたら良いのかなどの工夫を重ねています。
【ご質問】
成川先生
脳トレについてですが、
母親は、デイサービス(脳トレ中心)を週3回利用していますが、
① 計算問題は、50点中(48点)掛け算、割り算、引き算、足し算。
② 間違い探しは、全問正解。
洗濯、料理、買い物(一緒に同伴)は、完璧なのですが、
もう、亡くなった兄弟がまだ、死んだことを忘れています。
それと短期記憶は、忘れます。
本当に脳トレが効果が出ているのか、
(脳トレをしているから、この程度で抑まっているのか、それとも効果ないのか、考えてしまっています。)
知り合いの医師は、脳トレ全面否定者で、
認知症は、癌の進行と同じで、脳トレをしたくらいでは、止まらないと断言していました。
成川先生は、実際、脳トレを実践されて、
驚異的な改善症例は、ありましたでしょうか。
もし、あればお聞かせ頂けないでしょうか。
少しでも、希望があれば、最善を尽くしたいです。

診察室からコンニチハ(41)

この数年、秋の講演が定例化しています。昨年は「認知症と看取り」で他の医師との合同講演、一昨年は「認知症」、その前年が「睡眠時無呼吸症候群」となっていました。さて、今回の課題は何にするか色々と思い悩んだ挙句、「年齢の壁」と云うタイトルが頭に浮かんで来ました。各年齢における健康問題、心理不安などを整理してみようと考えたのです。スタートは50才代の更年期障害から書き出し、60~65才代の定年退職問題、70才代から急上昇する健康不安、それ以降に発生しやすい配偶者との死別、後悔しない人生とは何か、幸福についての考察など、A4コピー用紙14枚にまとめ上げました。この原稿作りに夢中になっていて、何時しか新しい小説の構想は影を潜めてしまいました。そんな私を見て、妻は私の本来の仕事は医師としての大きな経験を活かして、それらを少しでも社会還元すべき事にあるのではないかと言ったのです。小説家になりたいと云う私の念願が分からない訳ではないが、私の社会的な使命とは違うかもしれないとも付け加えました。
確かに70才になった私の残された人生は、どの様に生きたら達成感のある生涯となり得るのか思い悩むばかりです。
孔子さまが論語で仰ったような
「我七十にして心の欲する所に従えど矩(のり)を踰(こ)えず」
とは、ほど遠い凡夫の迷いです。
次回に続く

ぴりかさんへの回答(再)

基本的に脳血流性認知症と云う診断名はありません。脳血管性認知症ではありませんか?
多分、脳血流の低下が局所的に見られたのでしょう。側頭葉、頭頂葉、前頭葉もしくは後頭葉なのかもしれませんが、しかしCTやアイソトープだけで認知症の正しい診断が付く訳ではありません。画像診断だけで認知症の診断が付くなら、何の苦労もいりません。認知症と云う学問は未だ余りに未知なのです。一部の大病院では患者不在で画像診断にのみ頼っている医師も多くいます。昨今では「日本認知症学会」でも、その点が多く議論されています。
画像診断でアルツハイマー型認知症と診断されても、10年以上まったく認知症状を呈さない人も多数いるのです。ですから問題はどんな診断が付けられたかではなく、どの様な症状でご家族が困り果てているかです。患者さん自身の治療と、ご家族の苦労を緩和させる方法を考えて行くのが、適切な医療だと思うのです。さて、本論に入ります。
物忘れ外来で、メマリーや漢方薬(たぶん抑肝散?)を出されたとの事ですが、お母様の病状では効果が上がらないと思います。
第一選択薬はクロルプロマジンの散薬だと思います。朝5mg.夕5mgの計10mgからスタートさせて、1週間ごとに様子を見ながら4~8mgづつ増やし、最大量は40mgまで持って行きます。これでも効果が不十分な場合にはリスパダールの併用療法もあります。私の外来で見る限りは、クロルプロマジンだけで、暴言、妄想等を呈する患者さんは十分なメンタル・ケアが可能になっています。その上で私は脳トレを実施しています。
初めの間は、脳トレを試みようと思った患者さんに、そんなにやりたければ自分ですれば!…と、私に罵声を浴びせかけた患者さんも今では進んで脳トレをしています。こんな私の話が、どの程度に参考になるかは分かりませんが「認知症専門医」に、こう云った治療法があると相談して頂けませんか。
【ご質問】
記載し忘れておりましたが、CTとアイソトープをし、脳血流性認知症と診断されてデイサービスに行くようになりました。
銀行の印鑑を無くしては登録し、部屋の鍵をとられたと言っては、何回も変え しまいには、1千万入金したお金がなくなって引き出されている、その通帳がない、といい銀行にも迷惑かけております。デイサービスにはいかなない、介護施設には入らない、引越しはしない。
金、印鑑、通帳、メガネ、貴金属返せ、と
ありえない作り話を否定すると、大うそつきにになった、と人の話を聞くことをしない、認知症だと言うと、80すぎたらみんな、物忘れはする、など、道理に当てはまる説明を饒舌に話し、どうにもなりません。たちが悪いです。
物忘れ外来では、メマリーや漢方薬を出していただきましたが、いずれも血圧があがった、気分が悪くどうにもならない、といい飲みません。飲まないのではなく、飲めないのだと理屈をこねます。今は、貼り薬になりましたが、無くしてさしまったり、色々です。
何か工夫しても、否定したり悪く考えたりして
一歩先に進めません。

ぴりかさんへの回答

基本的にはピック病に近い病状だと思います。あなた自身が不調だからと言って、お母さんに病院へ同行してもらう訳には行きませんか?
それに成功すれば、お母さんも一緒に健康診断を受けたらと誘う事は困難でしょうか。今のお母さんの精神状況は抗精神薬でどうにでもコントロール出来るはずですが…認知症専門医であれば。あなたの住所で認知症専門医はネットで検索出来るはずです。かなり気持ちが追い詰められている様ですが、ともかく何とかお母さんの専門医受診が最重要ではないでしょうか。
【ご質問】
ただ今ケアマネもついて、週1のハウスクリーニング、デイサービス週2回でしたが、週1が良いと自分でケアマネに頼み、その後もう行きません、と言ったようでここしばらく行ってないようです。理由は、留守にすると泥棒が入るから。その泥棒というのは、私か父です。父とは80過ぎて離婚しました。父との喧嘩で父が出て行ってる間に、家も古いし兼ねてからマンションで一人で住みたいといい、出て行った間の数ヶ月、78でマンションを購入、私も一緒に協力し引越しからなにから手伝ってきました。その後父が、戻ってきて癌の初期のため手術後マンションにきて療養、色々話し合い、父は別の賃貸に荷物があり全て持ってこれず、ほぼ母のマンションで暮らし1年くらいで母がペースメーカーになり、入院あたりから父に大事なものを持って行かれるといい、私がマンションに行き大事なもを持っては病院に運びました。そして退院し翌年、さらに翌年、母の姉二人が続けて亡くなり、最初の姉の時から、だんだんと性格が変わってきました。姉の財産は残った母と次女が相続しますが、二人高齢なので私や次女の子供つまり私の従兄弟と相続手続きをしましたが、従兄弟は次女の子供で、次女を中心に相続を託してました。また、相続にくわしく率先してやっており、母は亡くなった姉を信頼し家も近くて親しくしてきたので、少しでも次女に有利が働くと、不平不満を私になげつけ、しまいには従兄弟が好きなんじゃないか、とまでいわれました。次女も亡くなった旦那もケチで強くて、嫌なことをされたから話は、昔から聞いてましたので、頭にくるのは私もわかりました。
しかし、ペースメーカーで入院したり、相続のあたりからどうも性格が変わってきたのです。そして、父が賃貸から行ったり来たりマンションに通ってからものを持っていかれた、と毎回言ってくるので、信用しでした。その後離婚し、まだ来て泥棒していると言ってましたが、ある日これは認知症かもと私が、やっと気づき認知症とは言わないけど、ちょっと違うんではないか?的なことを言ってから、私がずっとターゲットになりました。
最近も、自分の妄想を言って私が何日に来たじゃない、と全く有り得ないことを言って、説明すると大うそつきになった、とものすごい剣幕になり、最近では私のうでをつかみ、帰るというと返さなかったり、勝手にだれかが包丁をといぎに入ったと、包丁を、みせにきます。
私は、一人娘で私に財産を全てあげるんだから、お金とらないで、物返してとメールが100件以上、半月できて、深夜20回電話があります。
とうとう、親子の縁を切ってくれ、財産いらないから、といいましたら、喧嘩して私を玄関で押し出しました。そんな状態です。
デイサービスには、いかない、介護施設にはいく必要なし、そして足腰丈夫です。
84になります。早く死んでくれ、と最近それしか考えられません。二度と実家に行きたくないてす。

ママレードさんへの回答

通常は1~2週間に少しずつ10mgから始めて30~40mg(ウィンタミン散)で増量して効いて来なければ、セロクエル(クエチアピン)を25mg×2(朝夕)を付け加えて行く方が良いかもしれません。確かに以前私はウィンタミン50mgまでの服用は推奨しましたが、その後の患者さんの推移を見ていますと、40mgぐらいが限度かと考え直しています。ただしクエチアピンは糖尿病のある方には使いにくいので、他に考えて行くとすればリスパダールを1mg(1×夕)の追加を考えます。2→4mg(朝1.夕1)、または(朝1.夕2)さらに(朝2.夕2.)と、状況により増量させます。日常の家庭生活で我慢できる程の暴言であれば、なるべく増量は避けて下さい。それ以上に朝の散歩とか、メンタル・ケアに心がけて下さい。
【ご質問】
以前ご相談させていただいたものです。
また、ご相談をよろしお願いいたします。今年7月にご回答いただきましたが、その後、家族に不幸があったりで、なかなか落ち着かず、実行に移すことがなかなか出来てませんでしたが、先日ようやく、主治医(内科医)に相談したところ、主治医も色々勉強されていたようで、私が教えて頂いた先生の処方を伝えたところ、同じ事を考えていたと主治医に言われ、双方とも驚きました。
それで、コントミン(ウィンタミ散)10mg(朝0.4mg、夕0.6mg)から始まることになりました。
まだ、3日くらいなので、本人の様子は全く変わりはありません。(穏やかにならず)
主治医はあまりこの処方の臨床経験がないとのことで、教えていただきたいのですが、
先生の以前のご回答で「少しずつ様子を見て、副作用が出ない程度に2~3週間の経過で調整しています。」「15mg→20mg→25mg→30mg→35mg→40mgと上げて行きます。私の臨床経験から申し上げますと50mgの上限」
と記載がありましたが、
①5mgづつ上げて行くのは、2週間~3週間の間隔で上げて行ったらよろしいでしょうか?
②どのような状況(変わり様)で、薬の増量を止めたらよろしいでしょうか?(穏やかになるとはどの程度のことでしょうか?)
③また、副作用が出ない程度とは具体的にはどのようなことに注意したらよろしいでしょうか?
④また、一定落ち着いた場合、その量を飲み続けることになるのでしょうか?その後また、薬が効かなくなり、増量していく場合もあるのでしょうか?その場合の薬の副作用はどの様なものでしょうか?
以上、よろしくお願いいたします。