想い出は風の彼方に(95)

こうして綾子の専業主婦としての生活が始まった。主婦業も始めてみると、それなりに忙しい。先ずは家のカーテンを変えてみた。柄物の布地を買って来てミシンで縫って行く。ヒマワリが咲き乱れる絵模様をデザインしたカーテンに心が引かれた。少し眩し過ぎるとも思えたが、家の中を出来る限り明るく輝かせたかった。家具の配置も変えてみた。ベビーベッドの周囲は、リボンと幾枚かの布地を組み合わせ巧妙なオブジェに見せた。全く別のマンションに住んでいる様な雰囲気になってしまった。浩司が、どんな顔をするか楽しみである。夕食は、好き焼きにして肉もたっぷりと入れた。
夜10時になって、やっと浩司が帰って来た。
入口まで迎えに出て綾子はにこやかに、彼の首に手を回した。
「お帰りなさい。ご飯とお風呂、どっちが先?」
浩司は綾子を軽く抱き寄せ、
「ともかく、何か食べさせてくれ」
と、言って来た。彼女は軽い冗談で、
「綾子と好き焼きと、どっちを先に食べたい?」
「どっちも食べたいが、今は好き焼きかな…」
彼も調子を合わせ、軽く口づけをして愛し気に綾子を抱きしめた。
「綾子、家に帰ってお前がいると疲れが取れるよ」
「浩ちゃんに、そう言われると家事にも精が出るわ。でもね、お願いが一つあるの」
「何だい?」浩司はにこやかに尋ねた。
「出来たら、月に1、2度は外で食事をしたり、銀ブラをしたいの。ハイヒールもたまには履かないと、レディではなくなっちゃうでしょう。もうすぐ25才になるけど、今しばらくはレディでいたいの…」
「分かった、何時迄も綾子が美しくなる為に俺も努力する」
「有りがとう、分かってくれて。これまでの日本の男性は、
『釣った魚に餌はいらない』
とばかりに、奥さんをただ家庭に縛りつけていたでしょう。それだと生活窶(やつ)れして女性は瑞々(みずみず)しさをどんどん失って行くのよ。その結果はどうなると思う?」
「どうなるって…!」
浩司は綾子の発言の意味が分かりかねて、尋ねた。
「その結果はね、古女房に飽きて浮気をするのよ。でも、そんな古女房にしたのは男の責任だって事を全く理解していない訳…」
「そんな知識を綾子は、何処で仕入れたのだ?」
「それは2年余りの会社勤めで学んだのかもしれない。社内では不倫問題が、あっちこっちで見られたわ」
「そうなんだ!」
浩司は溜め息混じりに答えた。
「病院では、どうなの。医師と看護婦の不倫問題ってかなりあるんじゃない?」
「どうなんだろうね、毎日が余りにも忙しいから俺には理解出来ないな。それに綾子に夢中だから、他の女性に目を向ける気にもなれないよ」
「本当に信じて良いの!」
「もちろんだよ、今の俺に浮気する様な心の余裕もないし…」
「それって、余裕の問題なの?」
「そうじゃあないよ。俺の心に綾子以外の女性が入り込む余裕がないと云う意味だよ」
「本当かな、浩ちゃんも最近口が上手くなって来たから油断が出来ない…」
次回に続く
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