想い出は風の彼方に(96)

夜間の救急患者が当直の脳外科医から内科の浩司に回されたのは2月の寒い朝だった。26才の男性で不明熱による入院だった。何故、当直の時間帯に脳外科での入院となったかは分からないが、39°Cの高熱が3日前から続いていた。熱型は弛張熱(日内変動が1°C以上)で、日中は37.5°Cぐらいまで下がり食欲も旺盛で意識も明瞭だった。呼吸状態も安定していた。
高熱の原因としての検査は一通り行ったが原因となる病巣は発見出来なかった。胸部レントゲン、尿所見、生化学所見などでも異常は見つけられず浩司は日々焦燥感で、悶々たる無為な時間を費やしていた。先輩の医師にも相談するが、誰も首を傾げるばかりであった。
入院7日目からは先輩医師のアドバイスもあって、それまでの抗生剤の多剤併用に加えてステロイド剤の使用に踏み切った。正確な病名も確定出来ない段階でのステロイド剤使用は、一種の賭けであった。しかし、浩司には他の治療手段が思い付かなかった。それに何名かの他の内科医師も賛同してくれたのだ。ステロイド剤使用後2日目には36.5°Cまで熱は下がり回復傾向が見えて来た。しかし、その2日後には再び40°Cの高熱で患者の意識は朦朧としていた。浩司は脳脊髄液を採取して、脳脊髄膜炎の有無を確認したが髄液所見も正常であった。浩司は、いよいよ窮地に追い込まれた。患者の父親は県会議員でもあったので、彼の精神的なプレッシャーは限界に達していた。自宅にもほとんど帰れず、ガンマーグロブリン製剤の併用療法その他、考え付く事の全てを実行してみた。
家に帰っても 、病院にいても不明熱の患者の事ばかりが頭を占めて綾子とも余り口を利かなかった。
そんな浩司を見かねて、綾子が妻としての助言をし…
「浩ちゃん、ここは一歩引いたら」
「一歩引くって?」
「浩ちゃんも医者としてのプライドがあるでしょうけど、患者さんの為にも大学病院に移って頂いたら…」
「なる程、そんな手があったのか…!」 
浩司はプライドより今の自分の境遇から抜け出したいとばかり考えていたので、彼女の意見に何の異論も感じなかった。翌日直ぐに先輩医師と相談して、患者家族に大学への転院を了解してもらった。
母校の大学では、気持ち良く受け入れを承諾してくれた。敗北感はあったものの、精神的には開放された。大学に転院して5日後に大学から連絡を受けた。不明熱の患者が昨晩に亡くなったと。浩司は驚きで言葉を失い、しばらく受話器を手にしながら立ち竦んでいた。
「もし、もし、篠木…どうした?」
「あー、はい。何でもありません。それで、あの…病名は何だったのですか?」
「それが今解剖が終わって、やっと病態が判明した所だ。篠木は何だと思う?」
「恥ずかしながら、検討も付きません」
「まあ、篠木が分からないのも無理はないよ。我々だって解剖するまでは全く診断が付かなかったのだから」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ。ともかく大学に転院して正解だったよ。あそこの親父さんは県会議員だったのだろう。そのまま篠木が診ていたら、医療訴訟にまで発展したかもしれないぞ」
「そうかもしれませんね」
浩司は、それだけの言葉がやっとだった。
次回に続く
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