想い出は風の彼方に(97)

「それで病名は何だったのですか?」
「肝臓結核だ…」
「肝臓結核?…だって肺には何の異常所見もありませでしたよ」
浩司は全く腑に落ちない思いで、自分の疑問を口にした。
「篠木の言う通りだ。解剖でも肺には結核病変は全く見当たらなかった。脊椎カリエスなどでは、稀に肺結核を経ずに椎体に結核病巣が出現する事もあるが、肝臓に初発症状が出るのは日本でも極めて稀で、これまで医学史上5件の報告があるだけだ。こんな症例では、どんな医者だって診断なんか付けられる訳がない。この事は県会議員の親父さんにも十分に説明したよ。彼はかなり不満の感情を顔に出していたが、篠木には何の落ち度もないだろう。大学でも解剖してやっと分かった難病を篠木が診断を下せないのは当たり前の事だ。医療訴訟の対象になる訳がない。安心しろ、お前の事は十分に庇ってやるから何の心配もないよ」
そりゃそうだ、大学の内科医7、8名が何日かかっても診断が付けられない病気を、卒後5年ぐらいの自分にどんな診断が付けられると云うのであろううか?結果はどうであれ、ともかく綾子の言う通り大学に転院させておいて良かった。市中病院ではなく、最先端の技術を誇る大学でも診断が付かなかったんだから、如何に県会議員といえども苦情を挟む余地は無いだろう。正に虎口を脱した感である。
数日して通常の病院業務に戻った頃、大学から連絡が入った。今回の肝臓結核の症例を学会報告しないかとの話である。未だ一度も学会デビューを果たしていない浩司にとっては、またとないチャンスだ。同僚の何人かはすでに学会での症例報告を済ましていた。
彼等の学会デビューを聞く度に、多少の羨望を抱いていたのは事実だ。しかし何故か、浩司は気が進まなかった。家に戻って、学会デビューの話を綾子に話すと…
「まあ、とっても良いお話じゃあないの」
と、素直に喜んでくれた。だが、浩司の胸の内には何か吹っ切れない蟠(わだかま)りが占めていた。
わずか26才で亡くなった若者、自分より4才も若いのだ。下熱時の快活な彼の笑顔、高熱時の苦悶に満ちた顔、それらの全てが浩司の脳裏には未だ色濃く残っていた。
そんな彼を踏み台にして、自分が学会デビューする事に後ろめたさが付きまとって離れない。
これが何か画期的な治療法で、彼の生命を救ったのであれば話は別であったろう。それが逆の結果になってしまったのだ。それに自分が肝臓結核を見つけた訳でもない。
たまたま一定期間、担当医であったと云うに過ぎない。そんな自分が、何の資格があって学会などと云う晴れがましい舞台にデビューするなんて事が許されるのか?…とても自分は、そんな厚顔無恥にはなれない。
大学の先輩医師に、浩司のそんな迷いを打ち明けると一笑に付された。
「篠木、何をそんな小娘みたいな事を言っているんだ。与えられたチャンスを最大限に活かしてこそ、人の上に出れるんじゃないか?…そんな事を言っていると一生下積みの生活が待っているぞ」
確かに、そうかもしれない。
でも、これが自分の生き方なんだ。それを曲げる事は出来ない。
次回に続く
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