想い出は風の彼方に(110)

バブル経済の意味そのものが医者である浩司には、殆ど理解出来なかった。元来研究熱心な浩司は市民図書館に行って「バブル経済の歴史」について調べてみた。
歴史的に有名なものは何と言っても、オランダの「チューリップのバブル」である。1634年ごろ始まった伝えられるチューリップへの愛好家たちの過熱ぶりは、今日の私たちには理解を超えた異常さで、高級品種の球根が1千坪近くの邸宅と交換が出来る程に狂乱して行った。時価にすれば何億円もの値段が付いた事になる。それが1637年2月には球根の値段は暴落して誰も買わなくなってしまった。
次に有名なものは南海泡沫事件(なんかいほうまつじけん、英語: South Sea Bubble)で、1720年にグレートブリテン王国(イギリス)で起こった投機ブームによる株価の急騰と暴落、およびそれに続く混乱である。わずか数ヶ月の間に株価が10倍にも高騰した。貴族・ブルジョワジー・庶民の階層を問わず株についての十分な知識もない人々がこぞって投機熱にのぼせ、空前絶後の投機ブームが起こり、その後は地獄の様な暴落が起きた。
さらに1840年代にイギリスで発生した鉄道への投資熱はバブル鉄道狂時代(てつどうきょうじだい)と呼ばれ、不可避の大暴落を迎えた。人間の歴史が幾度も誤ちを繰り返すのがバブル経済の歴史とも言える。
この後は日本でも『ウサギバブル』(1872年(明治5年) - 1879年(明治12年))が発生した。 軍需の為の食肉毛皮需要によるウサギ飼育ブームが生じて愛玩用に耳の長い外国種のウサギなどがもてはやされた。1872年に在来と外国の混血から生まれた更紗模様のある種雄は 200–600円 (現在の価値で約190-560万円) で売られ、種付けは 2–3円 (同19000-28000円) /回であった。子ウサギはコロと呼ばれ10円 (同90万円) 以上の値が付いた。
この流行はウサギ・バブルと呼ばれる事になった。空前のウサギ・ブームにより、販売や飼育に手を出して破産する者、珍しい高値の毛色に見せかけるために白毛の色を柿色に染めるなどして金儲けする詐欺、ウサギの売却価格をめぐる親子間の殺人事件などが起こり、社会問題にまで発展した。常軌を逸した熱狂を抑えるべく、行政は取り締まりを強化した。
これ以外にも第一次世界大戦の戦争景気によるバブル(日本)など、枚挙に暇がない。
ここまで調べ上げて、浩司は改めてバブルの恐ろしさを知った。現在がそのバブル時代であると言う父親の話は、妙に説得力があった。
それはそれとして、老朽化した現在の病院をどうするかである。外壁は所々が剥げ落ち、病室内の壁紙の汚れも目立っている。廊下は木材使用なので歩く度に軋みが響いて夜になると、お化けでも出る様な錯覚に陥る。これでは若い人の入院はおろか、高齢者でも富裕層の入院は望めない。そんな事情もあって、入院患者の多くは生活保護者で占められてしまう。しかし、生活保護の患者が多くなると医師や看護婦の緊張感がどうしても落ちて来る。そこが問題なのだと、浩司は悩んでいた。
次回に続く
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