想い出は風の彼方に(111)

過去の歴史を鑑みても、バブル期に新しい事業を起こした場合は、その多くが悲惨な状況に追い込まれている。投資金額がバブル以前に比べ、倍以上になってしまうのだ。そしてバブルが弾けると経済規模が一気に縮小して売り上げそのものが下降するか、値下げ競争の渦に巻き込まれてしまう傾向が強い。いわゆる往復ビンタを浴びる格好である。その結果、経営トップの自殺も急増する。世界のバブルの歴史が、それを如実に証明している現実の前で、浩司は立ち往生していた。
綾子との話も脳の片隅に引っかかっている。自分が背負うべき経済リスクは極力回避しつつ、老朽化した病院の増築改築をどう進めて行くか悩みは深まるばかりだ。
そんな折も折、たまたま新聞の折り込み広告が浩司の目についた。
「新築そっくりさん」
と云うキャッチフレーズである。一戸建てに採用されている、このキャッチフレーズが病院で何処まで通用するかは分からないが、浩司は藁にもすがる思いで折り込み広告の会社に電話をしてみた。
翌日には営業マンが病院に来た。
30代後半の、幾らか太々(ふてぶて)しさを感じさせる男だった。
「正直に申し上げますが、病院の『新築そっくりさん』と云うのは私どもの会社では未だ経験がないのです。100坪から200坪ぐらいの建物が限界ですかね。職員寮とかの建て替えをお考えになっていらっしゃるなら、お力になれるのですが…1000坪近い建物となると、私どもではお役に立てそうにはありません」
そう言って少し薄ら笑いを浮かべ、営業マンは帰っていった。後に残された浩司と事務長は、別の対策も思いつかず途方に暮れるばかりであった。浩司は家に戻り綾子に珍しく愚痴をこぼす。自分の妻に仕事の事で弱音を吐いた事など、これまでには無い事である。そんな夫であったので、彼女は黙って話を聞いていた。聞き続ける事も一つの愛情であると考えたのだ。
「ともかく俺の親父は、今は大掛かりな建築工事をすべきではないと言うのだ。この3、4年で建築資材も倍以上に跳ね上がっているし、事務長と二人で考えていた当初の予算ではとても足りないんだ。だからと言って、あんな古びた病院では真ともな患者は入院させられないし…あれでは職員の意欲も下がってしまうだろう。でも親父の言う事が正しければ建築費も、数年後には大幅に下がるかもしれないし…」
ここで綾子がニッコリと微笑みながら、
「女の私が出しゃばる事ではないけど、お願いが一つあるの…」
「なんだ、その願いとは?」
綾子は笑みを崩さず冷静さを保ちながら、
「出来たら私に、あなたが勤めていらっしゃる『さくら町病院」をゆっくりと見学させて欲しいの」
「何の為にだ?」
「女の浅知恵かもしれないけど、私なりにお金をかけないで病院を再生する方法がないかを考えてみたいの!」
「建築デザイナーでもないお前が、そんな事が出来るのか?」
「もちろん確固たる自信がある訳ではないけど、意外にアマチュアの発想がヒットを呼ぶ事もあるのよ」
次回に続く
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