想い出は風の彼方に(114)

「確かに、あなたの言う通りに単純ではないと思います。でもそれは仕事の延長線上と考えるからよ…」
「じゃあどう考えたら良いんだ?」
「自分達の夢の実現に向けて…と云う考えだと思うんだけど。自分の働く職場を自分達の手で作り上げて行くんだと云う夢よ」
「職員の多くが、そんな考えになってくれるかな?」
「それは大上段に構えて行けば、かなりの反発を感じるでしょうね…最初は小さな事から始めれば良いのよ。カーテンが薄汚れて来たから新しいカーテンにしたいなとか言って、どんな色が患者さんの気持ちが落ち着くかなって看護婦さん達の多くに聞いて回るとか…皆んなでワイワイ騒いで決めるのよ。そしたら必ず誰かが意見を言って来ると思うわ。『病院だから白が良いじゃあない…』とか、『いゃあ白よりは薄いピンクの方が良いと思うわ』みたいな意見が出だすと思うのよ。それを多数決で決めるとかして、より多くのスタッフに関心を持たせるのよ。廊下のカーペットにしても皆んなで選ぶ様な雰囲気を作り出すのが重要だと思うわ。上から目線で決めつけては駄目なの…ともかく自分達の病院作りだと云う理念を植え付ける事が大事じゃあない。エアコンにしても新しいベッドを買い替えるにしても、どうやったら安く買えるか、先ずは予算を立てるスタッフ委員会の様なものを作るべきよ。そして予算を下回って良い物を取り揃える事が出来たら、その差額は皆んなの臨時ボーナスにするのよ。私は1億5千万円ぐらいは必要だと今は考えていますが、皆んなの努力によっては数千万円ぐらいの節約は出来てよ。その数千万円を皆んなの臨時ボーナスにしたら、一人で20万円ぐらいの余得になるんじゃあない。一年ぐらいかけて病院全体を、職員の為の病院だと云う意識に発展させて行くのよ。仕事とは違った別の達成感が芽生えて来たら大成功だと思うわ」
事務長は感に耐えないと云った表情で、
「よくそんな事が思い着きましたね。私の頭からではどんなに振ってもそんな発想の一部も出て来ませんね」
綾子は少し顔を紅らめながら、
「これもただの受け売りなんです」
と、答えた。
「大学の友人でクリスチャンの人がいたのですが、彼の勤めていた病院もかなり老朽化が酷かったのです。それをこれまで私が話していた方法で、寄付も募りながらですが見事に病院を再建して行きましたよ。その建築過程を見て、必要なのはお金ではなく志の高さだと、私はとても感動しました」
「志の高さか?…それをどの様にしたらスタッフ全員の心に沁み込ませられるんだろう?」
浩司は溜め息まじりに綾子の顔を見た。
「もっと効果的な方法としては僻地医療の実態を少しでも知ってもらうべきよ。国内でも無医村に近い所は幾らでもありますし、海外に行けば果てしないでしょう。
そんな見聞を通して、医療に携わる人間の心の在り方を学ぶべきではないのかしら。如何にしたら心を一つにした良質な病院が出来るのか、それは上に立つ人間が宣教師の様に心を砕いて説得して行く事でしょう」
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