想い出は風の彼方に(115)

「宣教師の様にか、なる程な。実に言い得て妙だな…それはそれとして、誰か梶棒を取る人間は必要だろう…?」
浩司は綾子に視線を戻して尋ねた。
「確かにリーダーになる人は必要でしょうね。看護婦長さんとか事務長さんとか…」
「いやいや、奥さん。私はその任には耐えられません。先程からお話を伺っているだけで、もう私の様な、年寄りの出る幕じゃないと思っていた所ですから」
「それじゃあ一層の事、綾子お前がやれば良いだろう…!」
「あなた、私は子供を抱えているのよ。今日だって、母に頼んで何とか病院に来たぐらいなんだから…それに後数ヶ月もすれば、もう一人出来るのよ。上の珠江は小学2年だから、それ程には手がかからないけど未だ母親は必要な年令だわ…」
「でも働いている母親は、世間には幾らでもいるぞ。産まれて来る子供は保育園にでも預けて頑張る方法だってあるだろう」
「あなた、保育園だってそんな簡単には入れないのよ。半年以上は待ち続けている人たちが殆どなんだから…」
「そうか、それなら俺のお袋にでも育児は頼むか?」
「あなた、お母様の年を幾つだと思っていらっしゃるの…65才なのよ。2、3日ならともかく本格的な育児なんて無理ですよ。私の母だって、お母様と同じ様な年齢だから当てにするだけ無駄よ」
「そうか、お袋も65才になっているのか。それじゃあ孫の子守りを押し付けるのは気の毒だな…となると、誰にさせるかが問題だな」
浩司は困り果てた顔になった。すると綾子が、
「この病院には総務係の様な人はいないの?」
「総務ですか…皆んなが適当に助け合って、それなりにやっていたから特別に総務なんて係はないですね」
と、事務長が説明に入った。
綾子が少し不満気に、
「それでも100人以上もいる組織を纏(まと)めるには、総務係も必要になるんじゃあないですか…」
「まあ~これまでは何かドンブリ勘定でやっていたので、総務係なんてものの必要性は感じていなかったんですよ。それに余計な人件費も増やしたくなかったですしね」
そう事務長は、事も無げに話した。綾子はあくまでも笑みを崩さず、
「事務長さんのおっしゃる意味はよく分かりますが、逆に効率的な役割分担と云う考え方もありますよ。誰の責任かも分からず、ただその場の雰囲気に流されて仕事をしていると何も満足には達成出来ていないなんて事だって、あるんじゃあないですか?」
「奥様にそうおっしゃられると、返す言葉もありませんが…」
横から浩司が、
「綾子、お前は少し言葉が過ぎるんじゃあないのか…!」
と、口を挟んだ。
「あら、言葉がきつかったかしら…それならお許し下さい。でも、新しい病院の体制作りには、総務係はどうしても必要だと思いますわ。その方を中心に病院改築の計画を立てて行くべきだと思うのですが。それに専門の建築コーディネーターをある期間は雇い入れる必要がありますわね…」
次回に続く
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