哀しみの果てに(1)

信吾は21才で、高卒だった。彼の父親も高卒で市役所の戸籍係だった。口数の少ない男で親子の会話は殆どなかった。
信吾は卒業後、しばらくはフリーターでコンビニなどのバイトを転々としていた。暇があるとパチンコ屋に通っていた。時には1万円程の稼ぎになる事もあったが、常日頃は負ける事が多かった。それでも一回に3千円以上の金は注ぎ込まない様にしていた。月に15万円にも満たない彼の収入では、それ以上の浪費は許されなかった。
それでも親の家に同居していたので食住に困ることはなく、生活に不自由はなかった。
ある冬の日、コンビニの忙しい時間に信吾のケータイが急に鳴り出した。着信歴を見ると父親からであった。
「この忙しい時に一体何の用だ」
そう考えて、信吾は父親からの連絡を無視した。ケータイは一度鳴り終えたが、一時間後にまた鳴り出した。時計の針は夜の9時を回っていた。忙しさも一息ついた所だったので信吾は、渋々ケータイを手にした。
「信吾か、今どこにいる?」
「どうしたんだい、バイト先だよ」
「そうか、仕事中に悪いな。実は老人ホームにいる親父が肺炎を起こして近くの病院に担ぎ込まれたのだ。それで出来たらお前にも来て欲しいんだが…」
「俺が行ったって、どうにもならないじゃあないか…?」
「まあ、そうなんだが…親父が、うわ言で何度もお前の名前を呼ぶんだ」
「ふ~ん、そう言う事か。でも今は仕事中だから無理だぜ。明日なら少しだけ顔を出しても良いよ」
「そうか、それは助かる。何たってお前は、おじいちゃん子だったから…親父もお前の事が可愛くて仕方がないんだよ」
そう言われると、信吾には返す言葉がなかった。幼稚園ぐらいの時には、じいさんにディズニーランドにも何回か連れて行ってもらったし隠れて小遣いをもらった事も幾度となくある。思い出すと、じいさんには世話になりっ放しだった気がする。本当は今すぐにでも飛んで行くべきなんだろうが、夜のコンビニは二人体制だ。自分勝手に一人だけ抜け出す訳にはいかない。どうしたって朝の日勤が来るまでは病院には行けない。人間とは不思議なもので、行動が制限されると余計に、じいさんとの楽しい思い出が蘇って来る。あんな事もこんな事もあった…信吾の頬には何時しか涙の滴(しずく)がしたたり落ちていた。そんな信吾を見て相方が、
「どうしたお前、泣いているのか?」
と、聞いて来た。
「馬鹿を言え、目にゴミが入っただけだ」
そう言って、相方の質問を信吾は突っぱねた。余計な事で他人に弱味を握られたくはない。大体じいさんの事で泣いているなんて思われたら、同じ男として格好悪すぎる。こいつの口から他の仕事仲間にだって何を言われるか分かったもんじゃない。ともかく今は何知らぬ顔で朝まで待つしかない。
こう云う時の時間の流れは、ジリジリする程遅く感じるものだ。
それでも朝はやって来た。
次回に続く
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