哀しみの果てに(7)

祖父は肺炎を起こしかけていたが、幸い一週間の入院で元気になった。退院に際して、担当医から…
「かなり認知症状が出ているから、一度専門医に相談した方が良い」
と言われて、父と信吾は軽いショックを受けた。
それでも翌日には、入院していた病院から外出願いを出して父と信吾の二人で大学病院の「物忘れ外来」に祖父を連れて行った。MRIと長谷川スケールが実施され、その結果は中等度の認知障害が認められるとの診断を受けた。
「これまでは一人暮らしだったんですけど、もう無理でしょうかね?」
と父が、医師に尋ねた。医師はしばらく考えていたが…
「う~ん、独居はかなり厳しいかな…」
と答えて、首を傾げた。
「そうですか、一人暮らしは難しいですか?」
再度、父は医師に尋ねた。
「本日の知能の簡易検査でも、長谷川スケールは13点でしたから…30点が満点で、25点前後になると軽度認知障害と言われていますし、20点以下ですと完全な認知症と定義されているのです。つまり13点と言うのは、かなり認知症が進んでいる事になります。一人暮らしをするにしても火の始末が怖いでしょう。台所のガス漏れの危険だってありますし…」
「そんなに悪いのですか?」溜め息混じりに父は再度医師に尋ねた。
「ともかく一人暮らしは、お止めになった方が良いでしょう」
医師にそう言われても、祖父の世話を誰がするのか父親は途方に暮れるばかりだ。
ともかく肺炎で入院していた病院に一度戻り、今日の大学病院での診断結果を説明して、担当の医師に父は縋 (すが)る様に、
「そう云う事情ですから退院は後2~3日待って頂けませんか、これから家に帰って家族全体で話したいと思いますので…」
と、頼みこんだ。
「分かりました。それでは退院は明後日と云う事にします」
そう軽く頷いて、医師は彼等親子の前から引き下がった。
病院からの帰り道、二人は黙々と家路に向かっていた。祖父のこれからの生活を考えると共に気が重くなるばかりだ。大体が何処で誰が面倒を見ると云うのだ。今の公団住宅では祖父を介護する場所など、何処にもないだろう。8畳と6畳の二間では親子3人が住んで、ぎりぎりの空間だ。だからと言って施設に預けるのにも2~3日で直ぐに見つかる訳もないし…どう考えても解決策が見つからない。
そんな重い足取りのまま二人は、自宅に帰り着く。母は夕食の支度に忙しそうだった。夕食後は、当然の如く祖父の介護をどうするかが話題となった。母も考えこんでしまう。
「この家で、お父さんの介護をする訳にも行かないしね…」
嫁としての義理も手伝ってか、無理な事は承知の上で、母がそんな事を言う。自分の発言を誤魔化す為か、話を今度は父に振った。
「あなたは、どう考えていらっしゃるの?…自分の親の事だから一番気になるでしょう!」
「お前にそんな事を言われたって、俺にも良い知恵が出て来るはずもないだろう。信吾、お前に何か良い考えはないか?」
何で孫の俺が引き合いに出されるんだ、この親達は何を考えているんだと頭の中では思っていたが、口に出すのも馬鹿らしいから黙っていた。
次回に続く
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