哀しみの果てに(11)

「おじいちゃん、こんな事で弱音を吐いちゃ駄目だよ。俺になら、どんなに八つ当たりしても良いけど…やっぱり自分の脚で歩かなければ、ほら3段も上れたじゃあないか。少し手すりに掴まって休むかい。先ず一呼吸入れて、さあ次の3段に挑戦だ。そら出来た、その調子だよ。20分以上もかかって何とか2階の自分の部屋にたどり着いた。
部屋に風呂がないと云うのも苦労の大きな原因だ。こんな調子だから毎日の様に銭湯に行ける訳はなく、週の大半は熱いお湯に浸したタオルで祖父の全身を丁寧に拭き清めるしかない。頭は台所の洗面台で洗うしかなかった。この祖父の生活と公団住宅の生活を比べると、貴族とホームレスの違いぐらいに感じてしまう。トイレと風呂が部屋に付いているどうかは決定的な違いである。
それでも2ヶ月もしない内に祖父はかなり達者に1階から2階までの上り下りが出来る様になって来た。これで銭湯へ行くのもかなり楽になったので、2日に1度は銭湯に出向く様になった。新しい文明に一歩進んだ気になっていた。
それに伴い、夜中に祖父の6畳間のベッドから共同便所に行くのも楽になり、寝小便の数も大幅に減少した。こうした数ヶ月間で祖父の生活スキルは大幅に向上して行った。その分だけ信吾もかなり熟睡出来る様になった。24時間付き切りの介護で信吾の体重は3kgも落ちた。新生児への24時間介護体制と似た様な所があるかもしれない。とは言っても、そこには決定的な違いがある。それは身体の大きさの違いだ。排便排尿の処理一つを取っても、その労力の違いは甚だ大きい。また、その愛おしさが違う。産まれたての赤ん坊には、限りない未来が見える。しかし、もう一方は身体も大きく皺(しわ)だらけの、その肉体には何の未来も見えて来ない。あるのは過去の情愛もしくは残されるかもしれない遺産の多寡であろう。
色々な意味で、老人介護は新生児に比べてかなり辛いものがある。
それでも信吾は祖父との同居生活がそんなに辛いとは思わなかった。祖父の嫌味の一つや二つは、子供の戯言(たわごと)の様に受け止める事が出来た。旧家の坊ちゃん育ちの祖父は言葉に飾りがなく、赤の他人が聞くと感情を害する様な言葉つきも多かったが、それも聞き慣れてしまえば怒る程の事ではなかった。祖父との同居が長くなる程、幼児と戯れている様な感じさえした。近くの公園の滑り台にも、最初は近寄らなかったが、それをなだめすかして1ヶ月以上かけて、滑り台の階段を上まで登らせた。登る所までは良かったのだが、後は怖くて降りられない。手足が、ガタガタと震えて泣き出しそうな顔であった。
「大丈夫だよ、3つの児だって楽しそうに滑っているじゃあない」
「馬鹿野郎、俺は3つじゃあない。80のじじいだ」
「大丈夫だよ、僕が後ろから支えているから…頑張って一緒に滑ってみようよ」
「畜生、やっぱり怖い。何かあったら信吾、お前を祟(たた)るからな…」
そんな祖父を信吾は強引に滑り台から下ろした。その後ろをしっかり支えながら…
滑り台から降りて祖父は得意気だった。
「結構おもしろいもんだな」
と、言っていたが、緊張の顔は未だ隠せなかった。
時間に続く
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