哀しみの果てに(15)

医師の言うことは尤(もっと)に聞こえるが、何か信吾が年寄りイジメしているかの様な言い草に彼は少しムッとして、
「先生の仰る事はその通りかもしれませんが、超高齢者でも実際にはスポーツの世界で名を馳せている人は幾らでもいますよ。例えばプロスキーヤーで有名な三浦雄一郎さんのお父さん、三浦敬三さんは 2006年に101歳で亡くなりましたが、99才でモンブラン山系最長のフランス・バレーブランシュ氷河を滑り降りるという離れ技を成し遂げていますし、それ以外には「2013国際ゴールドマスターズ京都大会」が、10月5日~6日の両日に京都で開催されましたが、そこでは103歳の宮崎秀吉(ひできち)さん(京都)が100mに挑むレースで立派に完走しているんです。他にも女子最高齢の90歳で守田満選手が、女子90~94歳クラス100mで世界記録を更新しているんですよ。ゴルフ、卓球、登山などでも80才以上でスポーツを楽しんでいる高齢者は幾らでもいますが…」
ここまでを信吾は一気に捲(まく)し立てた。さすがに、この信吾の答弁には医師も圧倒された。
「よく色々な事をご存知ですな」
医師は感心した様に、そう言わざるを得なかった。信吾は幾らか恐縮して、
「リハビリの基礎知識を全く持ち合わせていない私ですから、どの様にしたら祖父の足腰を鍛える事が出来るのか、高齢者のスポーツとはどう云うものか、素人なりに少しは勉強もしました。そうは言ってもリハビリに関する正規の教育を受けた訳ではありませんから、その方法に粗雑で危険な所があったかもしれません」
「いや、そこまで自覚しておじい様のリハビリに取り組んでいらっしゃるなら、私にはこれ以上お話をする事はありません。『習うより慣れろ』と云う言葉もあるくらいですから、これまでの貴方のやり方はそれなりの成果を上げているのでしょう。もしかすると、貴方の一見無謀とも思えるやり方がおじい様の認知障害を大幅に改善させたのかもしれませんね…まあ、それ以外にも他の要因があったのかもしれませんが…どちらにしても、この長谷川スケールの驚くべき上昇の仕方は、貴方の運動療法以外には思い付かないですし、逆に正規の教育を受けていない貴方の運動療法の方が効果的だったかもしれません。正規教育では常に危険回避を優先しますから、貴方の様に大胆には行えないでしょう。そうは言っても高齢者の骨折は認知症を急激に悪化させますから、危険に繋がる行為には十分に注意を払って下さい。また半年ほどしたら、貴方のおじい様へのリハビリの効果を見せて下さい。非常に期待しています。それでは今日はこれでお帰り下さって結構です。次回の診察を楽しみにしています」
医師は、そう言って信吾を微笑みで見送った。
病院からの帰り道、信吾はとても充実した思いだった。自分のこれまでの遣り方が医師から認められたし、祖父の認知症は明らか改善している事も実証されたのだ。
空の晴れ晴れとした青空の様に信吾の心も澄み切っていた。
次回の続く
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