哀しみの果てに(17)

夕方になって、信吾の両親がほぼ同時に帰って来た。家の中で一人テレビを見ている信吾を見つけ彼等は驚きの声を上げた。
「信吾どうしたのだ、何故ここにいる?」
彼は不貞腐(ふてくさ)れた表情で、
「自分の家でテレビを見ていて悪いのか?」
信吾としては珍しく尖った言い方をした。
「別にお前がテレビを見ている事を責めている訳じゃない。それより、おじいちゃんはどうしたんだ?」
父親が少し詰(なじ)る様な調子で信吾に尋ねて来た。
「そんな事は俺の知った事じゃないだろう…」
父親のやや高圧的な物言いに、信吾はさらに反抗的な態度を露わにした。
「一体どうしたっていうんだい、何時ものお前らしくないじゃないか?」
今度は母親が心配気に問いかけて来た。
「俺が半年以上も献身的に尽くして来たのに、じじいの奴は俺を泥棒呼ばわりしたんだ。馬鹿らしくて、もうこれ以上じじいの世話なんかしていられるか…」
「何か親父の誤解を招くような事があったのか?」
信吾の父親が幾らか冷静さを取り戻しながら聞いて来た。
「別に何もないよ。ただ昼過ぎにじいちゃんと夕食の買い物に出かけたんだ。じいちゃんが1万円を出して、そのつり銭が5800円だったのさ。荷物が一杯だったので、取り敢えずそのつり銭を自分のポケットに入れたんだ。そして買い物袋に荷物を入れてから、つり銭はじいちゃんに返すつもりでいたんだ。これまでだってスーパーが混んでいた時は、何時もそうしていたんだ。それが今日に限って、
『俺がボケていると思って今までにも度々そんな事をしていたのだろう』と、人も大勢いる中で俺を怒鳴りつけたんだ。馬鹿馬鹿しいから、じいさんの財布につり銭を入れて、そのまま帰って来たって訳だ。じいさんの財布だって、通帳だって俺が管理しているんだぜ。横盗りするつもりなら幾らでもやっているだろう。それが今日に限って、まるで泥棒の様に俺を怒鳴りつけるんだ。何故そんな言われ方をしてまで、俺がじいさんの世話しなけりゃならないんだ!」
「親父もまた今日に限って、どうしてそんな風にお前を怒鳴ったりしたんだろうな…」
幾らか怪訝な調子で、父親が信吾の顔に目を落とした。
「お前は一度も、つり銭を誤魔化して自分の小遣いにした事は無いんだね?」
母親は真正面から信吾の目を見つめて聞いた。
「そりゃ半年以上も一緒に暮らしているんだ。時には忘れて小遣いにした事があったかもしれない。それでも夜の夜中に寝小便した布団を干したり、パンツにこびり付いた便を洗ったり、どれだけの苦労をして来たと思っているのさ。小遣いの少しぐらいせしめたって罰は当たらないだろう。それだけの事をコンビニでやっていたら、一体幾らの給料になると思っているんだ」
信吾は完全に逆ギレしていた。
次回に続く
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