哀しみの果てに(19)

母親は父に電話を入れて祖父のアパートに直ぐ来てくれと頼んだ。父はものの30分もしない内におんぼろの軽自動車でやって来た。その間に母親は祖父の下着やパジャマの準備をして待っていた。やって来た夫を見て母親は信吾のケータイに連絡を取り、搬送された病院名を確かめた。夫婦で病院に着くと、救急外来の受付で信吾が悄然(しょうぜん)と立ち竦んでいた。目に涙を一杯浮かべて…両親の顔を見ると、そばに近寄り
「おじいちゃんがかなり危険だと、お医者さんが言っているんだ。肺炎に心不全が合併していて、この数日間が峠らしいって、今説明を受けた所なんだ。そうなったら僕の責任だ。僕がおじいちゃんを殺した様なもんだ。僕はどうしたら、この自分の償えるんだろうか?」
「まあ信吾、少し冷静になりなさい。未だ親父が死んだと決まった訳ではないのだ。お前の罪は罪として、後は親父の生命力を信ずるしかないだろう。私も先生に、ちょっと挨拶をして来る」
医師は信吾の父親を面談室に招き入れ病状の説明をした。
「このCTを見て頂きますと、雲母状の印影が分かりますでしょう。これが典型的な肺炎像です。さらに下肺野は胸水がかなり溜まっています。この場所がそうです。炎症反応のCRPも21と、かなり高いです。正常では0.6以下ですから、この数値の悪化度が分かりますでしょう。まあ、この数日間を乗り切れば助かる可能性も大きくなりますが、明日にでも急変して生命の限界に達する危険性はあります」
「どうも丁寧なご説明を有難うございます。今晩はどうしたら良いでしょうか。付き添っていた方が良いのでしょうか?」
「それには及びません。取り敢えずは、お帰り下さって結構です。何かありましたら、夜中にでも連絡するかもしれませんが…」
「それでは、お言葉に甘えて今夜は帰らせて頂きます。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」
医師の説明を聞いた父親は、二人のそばに戻った。その後入院の手続きをし信吾が自分の財布から何枚もの1万円札を出して入院保証金を預けた。両親ともに驚いて、
「何で、お前がそんな大金を持っているんだ」
と、尋ねた。
「うん、おじいちゃんの家の引き出しから持ち出して来たお金だよ」
と、事も無げに答えた。
「おじいちゃん、前から銀行や郵便局が嫌いで現金を自分で保管をしているのが性に合っているって言うんだ。それに、おじいちゃんの現在の所持金はおばあちゃんの遺産なんだ。だから相続税などを恐れて自分で所有していたんだ」
「すると、息子の俺だって一部は貰える金じゃあないか」
「あなた、今はそんな話は止めましょう。お父さんの緊急事態に話すべき内容ではないでしょう」
「まあ、それもそうだな、今は親父の回復を待つしかない時だ。それでも信吾、親父の所持金は後どのくらい残っているんだ」
「詳しく計算した訳ではないが、一千万円以上はあるんじゃあないのかな」
「それだけあれば、病院の支払いも、万が一の葬儀代にも用は足りるな」
信吾は少しムツとして、
「お父さんは、おじいちゃんの病気の事よりお金の事ばかり考えているんだね」
と、やり返した。
次回に続く
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