哀しみの果てに(20)

「いや信吾、それはお前の誤解だ。何にしたって、先立つものはお金だ。病気を治す事にしたって、それから先の親父の介護をするにしたって金がなければ、どうにもならないだろう。お前だって、これから先もおじいちゃんの面倒を何年も見続ける訳には行くまい。俺にもう少し甲斐性があれば良いんだが、相変わらずの安月給では親父一人も養いきれない」
そう自嘲気味に父親は言葉をつないだ。
翌日からは毎日、信吾は祖父の見舞いに病院へと出かけた。
一週間目から祖父の容体は日増しに快方へと向かい始めた。酸素マスクも取る事が出来た。しかし臀部に褥瘡が出来始めた。絶対安静で臥床の時間が長かった為である。褥瘡治療によって10日間の入院が長引いた。この2週間以上の入院で、祖父の認知機能は以前の肺炎で入院した時より更に悪化していた。信吾の名前さえ言えなかった。
「おじいちゃん、僕だよ。信吾だよ!」
そう言って幾ら祖父の手を握っても目は虚ろだった。信吾の胸は自責の念と寂しさの渦で押しつぶされそうだった。祖父の身はそれからしばらくして、療養型の病院へと転院させられた。療養型病院に移ってからも信吾は毎日病院に通い続けて、出来る限り祖父の話し相手となった。しかし話すのは信吾ばかりで、祖父からの反応は極めて乏しかった。懐メロや昔話を幾度となく祖父の耳元で囁く様に語って聞かせたが、やはり反応は乏しかった。療養型病院では3ヶ月間を過ごし、その後は特別養護老人ホームに入居した。4人部屋だったので、祖父の年金で全て賄えた。この頃には車椅子レベルの生活は可能になっていたが、認知機能の改善は殆ど見られなかった。それでも信吾は毎日、その老人ホームに通い続けた。あれほど認知機能が改善したのに、ここまで悪化させてしまったのは全て自分の責任であると云う思いから解放される事はなかった。どの様にしたら、自分の罪は許されるのか、何時もそんな事を考えていた。ある日、ホーム内に貼られているポスターが目に入った。
「ホームヘルパー2級募集、学歴、年齢不問、週一回の夜勤込みで月給20万円以上、週休2日制、賞与年2回」
と、書いてあった。
「これだ!」
と、信吾の中で何かが閃いた。直ぐ受付事務に尋ねた。
「今そこに貼られているホームヘルパー2級募集と云うのは、やはりその資格がないと駄目なんですか?」
受付女性は、やや当惑気に答えた。
「はい、原則的にはホームヘルパー2級の資格が必要なんです」
「その資格を取るって難しい事なんですか?」
「いいえ、1ヶ月も研修に出れば、誰にでも取れる資格ですよ。それに、このホームで1年以上働いて頂けるなら、資格を取る為の研修補助金も出ますよ」
信吾には未来に明るさが見えて来た。
「それは、どの様にしたら申しこめるのですか?」
「本気で応募するつもりがあるのですか?」
「もちろんです!」
次回に続く
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