哀しみの果てに(21)

「それでは、しばらくお待ち下さい。ただ今、担当の者を呼んで参ります」
そう言い残して、彼女は介護課長を連れて来た。40代前半の介護課長は信吾を6畳程の応接室に通した。如何にもベテランの介護福祉士だった。女性にしては、やや大柄で筋肉質に見えた。先ず彼女の質問は、
「介護の仕事に就きたいと思った動機は何ですか?」
「実は祖父が先日から、こちらのホームでお世話になっておりまして、その介護者の方の仕事を見ていますと、私もこういった仕事をやってみたいと思い始めたのです」
「そうですか、それは立派な心がけですね。しかし、最近はホームヘルパー2級とは言わず、介護職員初任者研修と言われていますが、その資格は必要。研修は少し時間がかかりますが、それでも1~2ヶ月程のスクリーングと実習があるぐらいですので高卒程度の学力があれば、誰でも合格します。当ホームでは、その研修期間中でも12万円の給与と研修補助金が出ます」
「本当ですか…!」
「ただし、研修終了後はこのホームで1年間の勤務をして頂く義務が発生しますが…」
「そりゃ当然ですよね。研修期間中も12万円のお給料が頂けるんですから。私は自宅から通っていますので生活費もそんなにはかかりませんし、正に私には最適な職場環境だと思いますが…是非私を採用してください。これまで祖父を半年以上も一人で24時間介護して来た経験もありますから、私には打って付けの仕事だと思うのです」
「そうですか、それはご立派ですね。でも個人の介護と集団の介護はかなり違いますから、なかなか難しいかもしれませんよ」
「はい、それは覚悟しております」
「お分り頂ければ結構です。それではお気持ちが固まり次第契約にお出で下さい。ご両親に相談する必要がお有りでしょうから…」
「いえ、私は未成年では有りませんし、両親が私の希望を反対するとはとても思いません。出来ましたら、なるべく早い時機に採用の決定を頂きたいのですが…」
「分りました。それなら明日以降で結構ですから、住民票と運転免許証そして印鑑、さらに出来ましたら履歴書をお持ち頂きたいのです。それらを持参して頂いた上で契約の運びとなります」
信吾がやや恥じらいがちに、
「これまで祖父と同居してその介護に専念していましたので、履歴書に記載すべき事柄は何も無いんですが…それでは採用にはなりませんか?」
介護課長は鷹揚に笑顔で、
「そんな心配は要りませんよ。履歴書の職歴欄には祖父の介護とお書き下さるだけで充分です」
「そうですか、それを聞いて安心しました。では数日以内に必要な書類を持参して来ます。どうかよろしくお願い申し上げます」
そう言って信吾は深々と頭を下げた。介護課長はにこやかに、
「それではお待ちしております」
と言って、信吾を玄関先まで見送ってくれた。信吾は帰り道に晴れ晴れとした気分で、こう考えた。
「これで自分が犯した祖父への罪の何分の一かは軽くなるのではないか」
と…
次回に続く
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