哀しみの果てに(27)

医師に散々な注意を受けた信吾は、ともかく家族に電話を入れて肺炎でM病院に入院となった事を説明した。真夜中に電話を受けた家族は
「危険な状態なんですか?今から直ぐ病院に駆けつけるべきなんですか?」
と、矢継ぎ早に質問を投げかけて来た。信吾はどの様に答えたら良いか分からず、
「先生、申し訳ありませんが先生からご家族に病気の説明をして頂いても良いでしょうか?」
と、恐る恐る医師に頼んだ。医師は無愛想な顔で、診察台の電話から家族の元に電話を入れ直した。信吾に対する口調とは違って、かなり丁寧な応対で家族に病状の説明をした。
「あっ、もしもし私は内科の吉川と申します。失礼ですが、あなたは息子さんですか?実は今少し前に老人ホームの方から高熱で外来に来たのですが、呼吸状態も悪く肺炎の疑いが濃厚です。このまま入院させて直ぐに治療をしないと、生命の危険もあります。もう、こんな時間ですから入院の手続きなどは明日でも構いませんから、このまま入院させても良いですかね…分かりました、それでは私、吉川が責任を持って治療に当たります。夜分のこんな時間に電話をかけて申し訳ありませんでした。ええ、今晩はお越し頂かなくても結構です。それでは失礼します」
何と、紳士的な応対だろう。自分に向けられた視線とは違い過ぎる。でも、そんな事で文句を言っても始まらない。信吾は医師に礼を言いつつも、心に幾許(いくばく)かの屈辱感を忍ばせながら、老人ホームに戻って行った。
翌朝、出勤して来た看護師に信吾は夜中の入院騒ぎを報告する。すると驚いた事にオンコール担当の看護師が、
「何故、事前にそんな重要な事を報告しないの?」
と、食ってかかって来た。開いた口が塞がらないとは、こんな事を言うのだろう。あれだけケータイに連絡したのに全く繋がらなかったではないか…半ば不貞腐れた気分で信吾はその事実を指摘した。朝の申し送りの時間帯だ。ケータイが繋がらない事実を指摘された看護師は逆に怒った。
「何を言っているの…私は一時もケータイを身から離した事はないわよ。あんた、全然関係のない所に電話したんじゃないの?」
大勢のスタッフの居る前で、そこまで言われると信吾も引っ込みがつかなかった。
「それじゃあ、ケータイの着信歴を見て下さいよ」
と、逆襲した。看護師は、
「な~に、その言い草は…」
と、反発しながらもオンコール用のケータイを見直した。
「あら、嫌だ。午前1時15分にホームから電話が入っているわ…どうして気付かなかったのかな?なんだ、マナーモードになっている。馬鹿みたい…」
そう言って、一人ケラケラ笑っている。信吾に謝ろうと云う様子はまるで見せない。
この看護師と言い、先刻の医師と言い、自分たち介護士を何と考えているのだろう。心の底から湧き上がる怒りを信吾は、じっと耐えた。
次回に続く
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