哀しみの果てに(30)

こうして信吾は、また老人ホームの仕事に精を出した。それから半年後には「介護実務者研修」(旧ホームヘルパー1級)の資格を得た。仕事が慣れるにつれ、ホーム内で看護師たちの信吾をみる視線も変わってきた。食事の介助も入居者の世話の仕方も、信吾はすこぶる評判が良かった。彼自身が常にお年寄りの目線で物を考える様にしていた。認知機能が低下しているからといって、決して見下したりする様な行為に出る事はなかった。昼食後直ぐに高齢者から、
「未だご飯は出ないの?」
と聞かれても、
「お腹が空いたの…夕食は何だろうね?…何が食べたい?…」
と、高齢者の質問を否定するのではなく、巧みに話を変えていった。認知症者からの質問や妄想には、先ず肯定から入って行かなければならないと云う事を信吾は理解し始めていた。そして3年間の老人ホームでの仕事を終了して、やっと念願の介護福祉士の国家試験にも合格した。
丁度その頃、ホーム内で講演が企画された。認知症専門医による「今日の認知症治療の基本」と云うタイトルであった。信吾は夜勤明けで疲れていたが、一度家に戻り一寝入りして午後3時からの講演に参加した。50才代前半の医師が講師であったが控え目で謙虚そうだった。しかしその姿には、隠し切れない高慢さが見え隠れしていた。それは何十年も先生と言われ続けていた人間の特性かもしれない。同年代の信吾の父親とは、その自信あり気な態度からして違っていた。
そして講演が始まった。参加者はホーム内の看護師と介護士40名ほどだった。講師の第一声から衝撃的な内容であった。
「現段階で認知症に効く薬はありません」
それを聞いていた皆は一様に驚いた。さらに話は続く。
「認知症と云う病気の原因そのものが分からない以上、根本的な薬が出来る訳がないじゃあないですか。この40年近く認知症に効果があると言われた薬は10種類近くが大手製薬会社から販売されています。各メーカーは何年間かは売りに売りまくって何千億円と云う利益を手にしました。そして数年後には、それらの殆どが無効であると判断され保険医薬品から外されました」
ある看護師が突然に立ち上がって
「そんな馬鹿な事って、本当にあるのですか?日本の大手製薬会社と大学病院が推薦した薬が全く無効であるなんて信じられません」
講師は、そんな質問には全く動じる気配を見せず…
「昭和30年以後、日本各地で起きた薬害訴訟を皆さんは知らないのですか?どれだけ多くの日本国民が、この薬害で一生治らない後遺症を残したのか、一度や二度は誰でも耳にした事があると思うのですが…」
勢いこんで質問に立った看護師は黙って座った。さらに講師の説明は続く。
「認知症の薬だって例外ではありません。モルモットやサルの実験だけで何が分かると云うのですか?人間とでは脳細胞の数や大脳皮質の襞(ひだ)からいっても全然違うではないですか…」
次回に続く
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