哀しみの果てに(31)

別の看護師がまた質問に立った。
「では私達が現在、嘱託医から指示され服用させている薬は何なのですか?」
講師はゆっくりと落ち着いた表情で、
「それは現段階の仮説に基づいて作られたお薬です。例えばアルツハイマツー型認知症で言えば、側頭葉の海馬付近にアミノベーターやタウ蛋白が蓄積していると云う仮説です。もちろん、ただの仮説だけではなく、その様な事実も証明されてはいます。しかし、現実にはアルツハイマー型認知症の原因はそれだけではないのです。それ以外にも原因となる複数の蓄積物資があるに違いないのです。ただ現段階の医学では未だ分かっていません。しかし、功名に焦った一部の医学者や、利益中心の製薬会社が、これこそ認知症の原因で、その特効薬はこの薬だと決めこんだのに過ぎないのです。しかし、現実にはそんな単純なものではないのです。医学の歴史は常に誤謬(ごびゆう)と試行錯誤の繰り返しと言っても過言ではありません。厚労省が認可した薬と言っても、それは現段階の医学的知識に基づくものでしかないのです。つまり医学的知識とは常に未完成なものを含んでいるのです。これはどうにも仕方のない、医学だけではなく、科学の歴史とも言えるでしょう。その未完成な物でも、かなり有効性の高い発見もあれば、全く見当外れの物もあるのです。かつて抗癌剤の一種に「クレスチン」と云う薬剤がありました。1977年の販売開始後、単独でかなり多く使われた時期があったのですが、1989年12月に効能・効果(後述)が改められ単剤使用は認められなくなり、現在では全く無効と認定されています。認知症薬で言えば、その代表例には「ホパテ酸カルシウム」があります。1978年に認可され、日本中で実に多く使われましたが、現在では無効と認定され販売は中止されています。それ以外にも実に多くの薬剤が認可と無効の歴史を繰り返しているのです」
ここまで説明した所で、質問に立った看護師が…
「先生、それでは私達は何を信じて認知症の患者さんに取り組んで行けば良いのですか?」
と、重ねて聞いて来た。医師は少し微笑みながら…
「それは現在の医学の範囲内で対応するしかないですよね。例えば戦前の時代では、肺結核は国民病と言われていましたが、当時は栄養に気をつけるとか、休息を十分に取るとか、あるいは高麗人参が効くとか言われていたのです。元々、肺結核は感染症ですから個人の抵抗力だけで治った例もそれなりにはありました。しかし多くの国民に取っては、やはり不治の病だったのです。そして20世紀も中旬になって、抗結核剤が開発され、やっと根本的な治療が可能になって来たのです。その意味で認知症と云う病気も、まだ未知の分野が多く、かつての肺結核と同じ様に本格的な治療薬は未だ見つかっていないのです。いずれの日にかは、この分野にも光の差す時が来るでしょう。しかし、現段階では薬物治療より『脳トレニーング』や『生活習慣病』の見直しの方が効果があると言われ始めているのです」
次回に続く
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