断章(6)

(6)日々の思い
西日本のある病院に昨年末、90代後半の重症心不全の女性が運び込まれた。心臓から血液を全身に送るための弁が硬くなり、呼吸困難に陥った。本来なら胸を切って人工弁を埋める外科手術が必要だが、高齢過ぎて体力的に耐えられない。
そこで、太ももの血管から細い管を通して人工心臓弁を届ける「経カテーテル的大動脈弁留置術(TAVI(タビ))」という治療が行われた。体への負担が少ない最先端の技術で費用は700万円ほど。保険が利くので患者負担は少ないが、保険料や公費の負担は大きい。
治療は成功して女性は無事に退院したが、その数カ月後に肺炎で亡くなった。治療を担当した医師は振り返る。「症状が悪化するまで畑仕事をしており、『もう一度元気になりたい』という思いが強かった。高齢になるほど肺炎や脳梗塞(こうそく)のリスクは高くなるが、発症するのか予測は難しい」
TAVIは国内では2013年に保険適用され、8千例以上行われた。だが、比較的余命が短い「超高齢者」にどこまで使うのか、医療現場は模索している。
北里大学では、95歳の患者まで対象としたことがある。阿古潤哉教授は「体力や認知能力などから適応をしっかり選んで実施している。国民皆保険がこのまま持つかどうか懸念はあるが、年齢だけで区切っていいのか難しい」と漏らす。
TAVIの費用対効果は高いとされるが、合併症を起こす可能性が大きい高齢者には費用対効果が低いという海外の研究もある。TAVIの関連学会協議会の事務局を務める鳥飼慶・大阪大講師は「手術できない高齢者にとってTAVIは福音となる技術。ただ、超高齢者にどこまで適応をするかは、医療費の観点も含めて議論していく必要があるのではないか」と話す。
75歳以上の医療費は年14兆円を超えている。全国民医療費は40兆円だから、75歳以上の高齢者に占める医療費割合は35%以上になっている。
総医療費の抑制政策により、都市部の大病院は赤字経営に転落している所が多い。その為に世界常識では考えられない超高齢者への高額医療にも手を染める所が少なくない。
その延命的な効果を考えずにだ。
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