断章(11)

(11)日々の思い昭和の時代を考える(その4)
1941年(昭和16年) *8月米国による対日石油の輸出禁止*、*ゾルゲ事件*、*大政翼賛会*、*日ソ中立条約*
12月8日 *真珠湾攻撃、南方作戦発動、太平洋戦争(大東亜戦争)始まる。
*対日石油の輸出禁止*
大東亜戦争の直接かつ最大の原因といえるもの。
日本の*南部仏印進駐(*1941年7月,日本軍がベトナム南部に進駐した事件。 40年の北部仏印進駐に続いて,41年,大本営政府連絡会議で進駐の方針が決定され,御前会議でこれを確認し,この目的達成のためには「対英米戦を辞せず」とした。7月に日本政府はフランスのビシー政府に対して進駐を受諾させ,同 28日,日本軍は上陸を開始した。 29日には,仏印の共同防衛に関する日仏間議定書がビシーにおいて署名された。これはアメリカを強く刺激し,7月 25日,F.ルーズベルト大統領は在米日本の資産凍結令を公布し,イギリス,オランダもそれに追随した。8月アメリカは対日石油全面的禁輸に踏切った。この進駐は日米戦争の直接契機となった。昭和16年(1941)8月1日、アメリカ大統領のフランクリン・ルーズベルトは石油禁輸強化を発令、日本を対象として発動機燃料、航空機用潤滑油の輸出禁止を発令した。これによって日本は、すでに禁輸されていた高オクタン価ガソリンに加え、オクタン価の低い石油の禁輸措置を受け、日本への石油輸出はまったく停止されることになった。
*ゾルゲ事件*
ゾルゲ事件(ゾルゲじけん)は、リヒャルト・ゾルゲを頂点とするソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動および謀略活動を行っていたとして、1941年9月から1942年4月にかけて、その構成員が逮捕された事件。この組織の中には、近衛内閣のブレーンとして日中戦争を推進した元朝日新聞記者の尾崎秀実もいた。
*大政翼賛会*
近衛文麿(このえふみまろ)らが中心となり、新体制運動推進のために結成した官製組織。全政党が解散し、これに加わった。これで立法としての国会は事実上の機能を失った。日本は戦争拡大への道を突き進んで行った。同20年6月、国民義勇隊へ発展的解消。
*日ソ中立条約*
昭和16年(1941)4月、日本とソ連との間で相互不可侵と相互中立を定めた条約。同年7月、日本は関特演(関東軍特種演習)と称してソ満国境に進軍し、この条約を無視して対ソ進攻作戦を行う計画であったが、ドイツ軍のソ連への進撃が停滞したため8月9日に参謀本部は対ソ武力行使を中止した。一方、有効期限内の同20年、ソ連は廃棄を通告、対日参戦した。
*真珠湾攻撃*
真珠湾事件は一般に日本の奇襲攻撃とされているが実際は反撃であり1年以上前から計画されていた。このため米国も知っており、事件の10カ月前の1941年1月27日にはグルー駐日米大使はハル国務長官に「日米交渉が決裂した場合日本海軍は総力を挙げて真珠湾を攻撃するという噂が東京外交界に流れている」と警報を送っている。この公電は現在米国ウィスコンシン大国務省外交文書図書館のHPで公開されている。
次回に続く
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