断章(28)

(28)日々の思い
昭和の時代を考える(その21)
「日本の戦争賠償と戦後補償」
日本の第二次世界大戦後の戦争賠償および戦後補償については、戦争によって損害を与えた国々および人々に対する賠償・補償問題が戦後処理の重要な課題の一つであった。なお項目名では便宜上「戦争」「戦後」としているが、同時期の戦争とは直接には関係ない、補償についても含めて述べる。
それらを含んだ戦争賠償・補償については日本と各国との間で条約・協定等が締結、履行された事と各地の軍事裁判で判決を受け入れたことで償われており、国際法上既に決着しているが、敗戦国の日本が戦勝国側(連合国)から一方的に裁かれたとする見解も存在する。
【定義】
戦争賠償(英:war reparation、戦時賠償)とは、戦争行為が原因で交戦国に生じた損失・損害の賠償として金品、役務、生産物などを提供すること。通常は講和条約において敗戦国が戦勝国に対して支払う賠償金のことを指し、国際戦争法規に違反した行為(戦争犯罪)に対する損害賠償に限らない。例えば*下関条約*において清が日本に支払うとされた賠償金3億円なども戦争賠償に含まれる。
*下関条約*
明治28年(1895)日清戦争講和のため、下関で清国の全権大使李鴻章(りこうしょう)と日本の全権大使伊藤博文・陸奥宗光(むつむねみつ)との間で調印された条約。清国は朝鮮の独立、2億両(テール)の賠償金の支払い、遼東半島・台湾・澎湖諸島の割譲などを承認。別に馬関条約とも言う。
一方、戦後補償(英:compensation)は、戦争行為によって損害を与えた人々に対して行われる補償のことで、広義の戦後補償は戦争賠償を包含する。
*一般には、戦争賠償は国家間で処理される問題、戦後補償は被害者個人に対してなされる見舞い金的な要素として言われることが多い。
外務省の調査によると、1945年8月5日現在の在外資産の総額は次の通りである:
地域名 金額(円)
朝鮮 702億5600万円
台湾(中華民国) 425億4200万円
中国 東北 1465億3200万円
華北 554億3700万円
華中・華南 367億1800万円
その他の地域(樺太、南洋、
その他南方地域、欧米諸国等)
                        280億1400万円
合計 3794億9900万円(現在の通貨だと200兆円)
同調査には合計236億8100万ドル、1ドル=15円で3552億1500万円という設定であるが…
これら在外資産は戦後、全て現地の保有となり、この在外資産によって現地の産業や文化に、どれ程大きな貢献したかは知られていない。
連合国捕虜に対する補償 
連合軍捕虜に対する補償とは、サンフランシスコ平和条約第16条に基づき、中立国および日本の同盟国にあった日本の在外資産またはそれに等価の物によって連合国捕虜に対し行った補償である:
日本国の捕虜であつた間に不当な苦難を被つた連合国軍隊の構成員に償いをする意味として、日本国は、戦争中中立であつた国にある又は連合国のいずれかと戦争していた国にある日本国及びその国民の資産又は、日本国が選択するときは、これらの資産と等価のものを赤十字国際委員会に引き渡すものとし、同委員会が衡平であると決定する基礎において、捕虜であつた者及びその家族のために、適当な期間に分配しなければならない。
これにより日本は1955年の取り決めにおいて450万ポンド(45億円)を赤十字国際委員会に支払った。
次回に続く
関連記事

コメント