診察室からコンニチハ(7)

私の日常診察では、画像診断は認知症に関しては補助的に利用しているだけです。診療行為は患者さんに6割、ご家族に4割の態度で接しています。私たちが診察室で患者さんと向き合うのは10分程度です。しかし、その間に認知機能を見たり、その不安症状を探ったり、さらに患者家族に「認知症の理解」を深めて頂いたりしていると、10分はおろか30分ぐらいは過ぎてしまう事もまれではありません。ともかく患者家族は日頃の介護疲れから、あれもこれも話したいと願っている人ばかりです。私は出来る限り、その様な悩みに耳を傾ける様に努めていますが、人によっては一時間かけても話が終わりません。外来では未だ多くの患者さんが待っていらっしゃいます。この様な時は、後ほどメールでご説明申し上げますと言って、その場は引き上げて頂きます。
しかし、ご家族が高齢者である場合にはメールの使用経験が少なく、その様な時にはお手紙でお願いしています。
厚労省は「在宅介護」を盛んに言い立てていますが、現実には核家族化の進んだ我が国で老々介護が中心となりつつある「在宅介護」の継続は可能なのでしょうか?正に共倒れ的な家族が、私の外来でも数多く見られます。
この様な時代での生き残りは「生涯現役」を通すしか、ないのでしょう。足腰が立つ間は、出来るの限り自活する様に努力すべきでしょう。年々減額して行く年金では、医療や介護に回す費用を捻出する事は容易ではありません。「楽隠居」などと言うのは、遠い昔に忘れられた「死語」となっているのかもしれませんね。
少し話が暗くなりすぎて申し訳ありません。ともかく前向きに生きていきましょう。豊かな趣味を持って、沢山の心許せる友達を作って、常に社会貢献を忘れずに、実り多き人生を過ごしましょう。
こんな事を書くと、何を世迷いごとを言っているのだ。自分たちの子ども2人は、すでに親元を去り家にも殆ど寄りつかず、自分は毎日テレビばかり見ている生活で趣味なんかありゃしない。社会貢献って、何の事だ。今さら他人の為に働くなんて考えた事もないよ。
と言った、反論が出るかもしれませんね。確かに、そうかもしれません。
でもそれは、こころがけ次第でしょう。一人ぼっちの閉鎖された空間にいるのが好きなのか。多くの友人たちとワイワイガヤガヤ騒いでいるのが良いのかは、ご自身の性格にもよるでしょう。しかし、人間は所詮(しよせん)は社会的な動物です。ある例外を除いて、そのDNAは社会の中で生きる様に出来ているのです。ご自身の閉ざされた空間から、外に向かって思い切り窓を開けてみて下さい。自分一人で悩まずに!…もしかすると、新しい生き方が見つかるかもしれませんよ。それが認知症の予防にも通じるのではないでしょうか?
次回に続く
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