診察室からコンニチハ(9)

「ピック病」の極度の人格破壊時は暴力行為も激しく、通常の外来診療では対応が困難です。ほとんど精神科領域の統合失調症(かつての精神分裂病)と対応は変わらないからです。内科の外来診察室では、大声で騒ぎまくったりしますので、多くの場合は精神科で診てもらう事となってしまいます。保護室と呼ばれる個室が必要になる事もあります。内服薬も飲んでくれないので、点滴による精神安定剤の使用で数日間はメンタルケアをしなければならなくなるケースも出て来ます。
30年程前、私が未だ認知症に対して殆ど関心を持っていなかった時期の話ですが、もちろんピック病に対して十分な知識もなく、ただ暴力行為を振るう厄介な年寄りぐらいにしか見ていませんでした。そんな折に78歳の興奮しやすい男性が入院して来ました。入院後の数日間は大きなトラブルもなく過ごしておりましたが、その内に少しずつ手が出るようになって来ました。採血の拒否は強く、リハビリも嫌がりました。食事も偏食がちで、少しでも気にいらない事があると、歩行用の杖を振り回す事も度々でした。さらに声も大きく罵声が病棟中に響いていました。一般内科での入院生活はとても難しそうでした。ナースの多くは精神科への入院を主張しました。
私も患者さんの奥様に幾度となく精神科のある病院へ転院を勧めました。
内科医の私では、抗精神薬の使い方に全く自信がないので、是非にも専門医がいる精神科で診てもらいたいと説得したのですが、奥様は世間体を嫌ってか精神科の受診には理解が得られませんでした。
「何がどうなっても構わないから、どうしてもこの病院で入院をさせて欲しい」
の、一点張りなのです。
私は仕方なく、一枚の念書を書いてもらいました。
「精神科医でない私の処方では、不測の事態により患者さんに不利益をもたらす危険性が大きいが、それでもこの病院での入院を希望する。また内科医の私が出した薬で、どの様な副作用が発生しても一切の意義を申し出ない」
と、ここまで愚かな念書を頂いて止むなく押し切られた形で入院の継続を承知してしまいました。
そして当時30歳代後半だった私は、自分では未体験ゾーンの抗精神薬の使用に踏み切ったのです。
先ずはセレネース1mg/日を5日間服用してもらいましたが、患者さんの凶暴性は一向に改善しませんでした。次にセレネースを2mgまで増量してみましたが、これでも効果は不十分でした。10日目には3mgまで増量しました。この3mgで何とか満足の出来る程度に興奮を抑制できました。
次回に続く
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