診察室からコンニチハ(13)

かく言う私が、それほど真摯に医学的な問題に日々取り組んでいるのかと問われれば、それは厚顔無恥の誹(そし)りを免れないでしょう。現実の臨床の場では常に慌てふためいて医学書のページをめくると云うのが本来の姿でした。そんな私が老人ホームで多くの認知症の患者さんと出会い、最初に考えたのはこんなにも多くの薬が高齢者に必要なのであろうかと云う疑問です。
多少の不安を抱きながらも認知症薬を少しずつ減量してみますと、かなりの高齢者で精神状況が安定して行くと云う現実を数多く経験しました。
さらに認知症と云うと、直ぐに「アルツハイマー型認知症」との診断が付けられてしまうケースが余りに多いのに驚かされました。
また、「認知症」、「パーキンソン症候群」と並列して付けられている病名にも異和感を覚えました。認知症への関心度が低い時代には、私もこの様な病名に何の疑問も抱きませんでした。しかし、認知症への関心度が深まるにつれて、この奇妙な病名の並列はレビー小体型認知症の事であると知りました。
それ以外にも「ピック病」の存在にも驚かされました。高齢者の犯罪の多くに「ピック病」が関与していると云う文献にはショックさえ受けました。
「認知症」
それは何と深く興味深い分野である事か、正に「未知との遭遇」と言っても過言ではないでしょう。
「老人性痴呆」と言われた時代から、「認知症」へと概念が変わり、「アルツハイマー型認知症」一辺倒から多彩な病名へ変化して過程で治療指針やその対応の仕方にも日々変化が見られています。精神科医を始め、多くの認知症専門医と言われている人たちも試行錯誤を繰り返しています。医学の進歩過程では、止むを得ない誤謬の歴史であるかもしれません。かつて精神科医で行われていた*ロボトミー*のように…
*ロボトミー*
1935年、ジョン・フルトンとカーライル・ヤコブセンが、チンパンジーにおいて前頭葉切断を行ったところ、性格が穏やかになったと、ロンドンで行われた国際神経学会で発表。同年、ポルトガルの神経科医エガス・モニスが、リスボンのサンタマルタ病院で外科医のペドロ・アルメイダ・リマと組んで、初めてヒトにおいて前頭葉切截術(前頭葉を大脳のその他の部分から切り離す手術)を行った。
その後1936年9月14日、ワシントンD.C.のジョージ・ワシントン大学でも、ウォルター・フリーマン 博士の手によって、アメリカ合衆国で初めてのロボトミー手術が、激越性うつ病患者(63歳の女性)に行われた。
当時に於いて、治療が不可能と思われた精神疾病が、外科手術である程度は抑制できるという結果は注目に値するものであって、世界各地で追試され、成功例も含まれたものの、特にうつ病の患者の6%は手術から生還することはなかった。また生還したとしても、しばしばてんかん発作・人格変化・無気力・抑制の欠如・衝動性など、重大かつ不可逆的な副作用が起こっていた。
しかし、フリーマンとジェームズ・ワッツ により術式が「発展」されたこともあり、難治性の精神疾患患者に対して、熱心に施術された。1949年にはモニスにノーベル生理学・医学賞が与えられた。しかし、その後、抗精神病薬の発明とクロルプロマジンが発見されたことと、ロボトミーの予測不可能な副作用の大きさと人権蹂躙批判が相まって規模は縮小し、精神医学ではエビデンスが無い禁忌と看做され、廃止に追い込まれた。
次回に続く
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