診察室からコンニチハ(16)

それにしても認知症専門医は、どの様にして患者さんに接しているのでしょうか?
私の知る限りで、最も理想的なタイプはカウンセリングと脳トレ、音楽療法などに力を入れ抗精神薬を殆んど使用しない医師たちです。在宅が困難な場合は、数ヶ月間の入院加療となります。ピック病の患者さんが病院の器物を破損しても、咎める様な事はしません。ただ患者さん方の怪我にならない様にと気遣うばかりです。止めようとするから、逆に粗暴な行動を繰り返すのだと云う考えかもしれません。抑制的な行為は一切取りません。徘徊も自由自在です。常にマンツーマン方式で介護者が付き切りです。もちろん介護者が、患者さんから暴力を受ける事もあります。それでも患者さん方の人間性を最大限に守ります。患者さんの粗暴な行動が果てしなく続く訳ではありません。身体的な疲労もあるでしょうし、空腹感も覚えるでしょう。そんな時に、温かいスープを差し出したり、音楽療法にそっと誘ったりするのです。もちろん一回だけの誘いで、認知症の患者さんが直ぐに心を開放してくれるとは限りません。それでも諦めずに、ひたすら心を尽くしますと温もりを求めるかの様に、何時しか音楽療法にも耳を傾けてくれたりします。そして脳トレにも興味を抱き始めます。人間性を貫いた信念の医療です。薬剤で精神をコントロールするのと比べ、忍耐のいる仕事です。時には転倒リスクもありますし、介護者の怪我も付きまといます。しかし、認知症患者さんへの接し方としては最良の方法かもしれません。
本当に、こんな医療行為をしている病院があるのかと疑問を抱かれるでしょう。私の夢の世界ではないかと思う読者がいるかもしれません。
でも稀には、こんな病院も存在するのです。通常の医療経営では存続不可能でしょう。使命感だけでも無理でしょう。大企業や公的な資金援助が必要になって来るかもしれません。善意の寄付行為は期待出来ないでしょうか?
医療保険制度と外れた理想主義で経営破綻に陥った病院の幾つかを私は知っています。理想と現実には、時に超えられない溝があります。でも現時点での認知症患者さんへの、私の知り得る限りの「あるべき姿勢」を求めてみたかったのです。
「Poor is beautiful! 」
と言ったマザーテレサではないですが、彼女のそんな名言が頭の片隅に浮かんだのは事実です。こんな私に語る資格はないのですが…
そもそも近代医学の歴史は、特に精神医学では常に社会科学的(心理学、宗教学)な見地からの思索と自然科学的な考察が、常に入れ替わっていました。フロイトによる「精神分析入門」や、野口英世の*「進行麻痺」*の脳梅毒の解明が全く相反する科学史(もしくは化学史)の代表ではないでしょうか。
*進行麻痺*
梅毒トレポネーマに脳実質が侵されて起こる精神病で,麻痺性痴呆とも言いました。。 1913年,野口英世が患者の脳からトレポネーマを発見したことは,疾患の原因究明に役立っただけでなく,精神病に対する理解,特にその疾病分類学に大きく貢献しました。進行麻痺は,かつて精神科入院患者の 20%を占め,統合失調症に次ぐ位置にあったのです。
次回に続く
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