診察室からコンニチハ(35)

比較的大手の出版社Mから病院に速達の手紙を頂いたのは、猛暑の8月初旬でした。
何事かと思って、M社の手紙をくれた女性営業の方に直ぐ電話を入れてみました。私を待っていたかの様に営業のT女史は、直ぐ電話口に出て来て、
「わあ、先生からこんなにも早く電話が頂けるなんて光栄です」
と、20代後半から30代前半と思われるその女性は華やいだ、それでいて妙にテンションの高い声の持ち主であった。私は少しばかり腰が引けそうになりました。
「私のブログを読んで頂いているとお手紙にありましたが、どの様なご用件でしょうか?」
と、私は極めて冷静さを保って尋ねた。
「実は先生のブログの中の小説を弊社で出版させて頂きたいと思いまして、お手紙を差し上げたのです」
「私のどの小説ですか?」
自分の中の昂揚感を抑えながら、私は尋ねた。
「認知症について書かれた『霜月の夕暮れ』と云う小説です。ブログで読ませて頂き非常に感銘を受けましたので、是非弊社で出版させて頂きたいと思います。それで近日中に先生とお会いしたいのですが、どうか少しお時間を頂けませんか?」
と、実に誘惑的な電話の内容であった。否(いや)も応もなく、私は自分のスケジュール手帳を取り出して明後日の金曜午後なら、時間の空いている事を相手に伝えた。T女史は直ぐ了解して金曜の午後2時に私の病院を来訪すると、嬉々とした声で応じた。もしかすると私も、これで念願の小説家になれる道が拓けるかもしれない。私の幻想は限りなく拡がっていった。
次回に続く
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