診察室からコンニチハ(44)

ある休日に妻と二人で、近くのデパート脇の公園を歩いていました。すると車道の向こう側で3才ぐらいの男の子が大きな声で突然に泣き出す光景に出会(でくわ)したのです。
親らしい人影は何処にも見当たらず、数人の大人たちが子供の脇を黙って通り過ぎていました。誰も余計な事に関わりたくないかの様に…しかし私たち夫婦は、黙って見過ごす気持ちにはなれませんでした。自分の子供が迷子になったら…と云う思いが重なったからです。男の私が近寄って行けば、子供に妙な不安感を与えてしまうと案じた妻が、車道を渡って自分で子供のそばに近づいて行きました。私は遠目に交番も見えたので、そこに預かってもらうしかないと心密かに考えていました。
子供の脇に擦り寄った妻は、
「ママはどうしたの?」
と、優しく尋ねました。男の子は…
「パパがいないの!」
と、泣きじゃくりながら答えました。
「ママじゃなくパパなの?」
と、妻はさらに尋ねました。このぐらいの幼児であればママを探すのが…と、考えたようです。
その直後に50m以上は離れた駐車場から30才前後の女性が、ゆっくりと歩いて来ました。まるで他人事の様な顔で…妻は近づいて来た彼女に尋ねました。
「お母さんですか」と、
女性は面倒くさそうに、黙って頷きました。そして一言の挨拶もなく、そのまま子供を引き連れ駐車場の方に戻ってしまったのです。私たちは言葉もなく、その後を見送っていました。車道を渡って戻って来た妻に私は呆れ顔で…
「今の女(ひと)は何て非常識なんだ。お前に一言の礼もないじゃないか、全く!」
と、私は妻に八つ当たり的な言葉を投げつけました。
「そうね、世の中には色んな人がいるから」
そう言って妻は苦笑していました。
私はふと思いついて…
「もしかしたら、あの母親は躾けのつもりだったのかな?」
そんな疑問を口にしました。
「躾け!…未だ3才ぐらいなのよ。養育拒否じゃない。あんな育て方をすると子供がどんな大人になるか、考えるだけで怖いわ」
妻はそれだけを言って話題を変えました。
確かに今の時代は、「躾け」と「育児放棄」を混同している人たちが多くなっているかもしれない。
私の外来診療でも、高齢者の介護を避けている人の何と多い事か!…いや、そうじゃない。介護を避けている訳ではなく、家族が納得出来る医療が見えて来ないのだ。
夏から秋に移り行く雲の流れを、私はただ見ているしかなかった。
次回に続く
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