ママレードさんへの回答(再々)

とりあえず、ウィンタミン散の使い方は以前申し上げた方法で様子を見るしかないと思います。メンタル・ケアに関しては、すでにご存知かもしれませんが
【ユマニチュードの実践編】を参考までに、ご紹介します。何かの参考になれば幸いです。
さて、「ユマニチユード」の実践編です。テクニックは見る、話す、触れる、立つという4つの柱を基本とし、150を超える技術で構成されています。そして全てのケアは、5つのステップを経て行います。 
• [1]「出会いの準備」 
• [2]「ケアの準備」 
• [3]「知覚の連結」 
• [4]「感情の固定」 
• [5]「次回の約束」 
 まずは「出会いの準備」というステップで声かけをしながら、患者さんのプライベートな領域に入る許可を得ます。それは他人の家に訪問した時、玄関のドアをノックするのと同様の行為です。それが4人部屋などの空間であっても、そこは患者さんのプライベートな領域なのです。当然のごとく 
「こんにちは」とか、 
「いま失礼しても良いですか?」 
とかの許可を得る必要があります。 
しかし、病院や施設ですと患者さんのベッドルームがプライベートな領域であるとの認識が乏しくなっている傾向が強いのではないでしょうか。何の断りもなく、さあオムツ交換の時間だからとかってにベッドルームへ近寄り、機械的に身体の清拭をしたりしていた例が、これまでは多かったでしょう。これでは人間同士の温かい介護の手とは言えないと思います。ですから先ずは「出会いの準備」から始めなければならないのです。そして患者さんの了解を得て次に入るのが「ケアの準備」です。このポイントは相手とともにいる時間が心地よいものであることを表出しながらケアの導入へと進めます。実際にケアをする際は、清拭する部位の順番にも心を配ります。清拭する部位の順番にも根拠があります。例えば認知症女性の場合、感覚が比較的鈍い足から拭き始めるのです。次に背中、そして前面へと拭いていきます。最も敏感な顔と手は最後に行います。車を洗うように、ただ患者を洗えばいいというものではないのですから。この清拭の場合も常に声かけが必要です。 
「どう、気持ち良いですか? 
タオルの温かさは大丈夫ですか? 
どこか痒い所はない…汚れの気になる所はどうですか?」 
通常の美容院で洗髪する場合、美容師は何時だってこの様な声かけをしながらお客様の洗髪をしていますよね。これが病院や施設だと、相手が認知症患者だと思ってしまうせいか、この様な声かけの少ないのが気になります。認知症患者さんだって感情は持っているのですから、少しでも気持ちの良い状態で清拭や洗髪をしてもらえる方が、心は開いてくれるでしょう。互いに心の接点を大切にする事が、この「ユマニチュード」の基本理念です。 
ケア中は、触覚や視覚、聴覚の全てにポジティブなメッセージ(人間として支え合うことの喜び、金銭ではなく奉仕出来る事への感謝、誰かの役に立っていると云う充実感、人格の尊重)を伝える「知覚の連結」を行います。 
認知症患者さんであってもケアしている人の心は伝わっているのです。仕事だから、嫌々行っているオムツ交換、効率化を優先する食事介助などにはへきへきしながら患者さん達は我慢しているのです。オムツ交換をして清潔になったと云うメッセージより、強引な体位にさせられた屈辱的な思いだけが印象として強く残っているかもしれません。そんなマイナスイメージの中では「知覚の連結」は生まれません。優しい言葉を掛けていてもアイコンタクトが成立していなかったり、腕をつかんでしまっていては、「あなたを大切に思っている」というメッセージは認知症患者さんには伝わりません。認知症患者さんの目を見ながら、 
「オムツ交換をして身体を綺麗にしましょうね。少し体を横にして頂いても良いですか?大丈夫、痛くはないですか…もし宜しければ私の左腕を支えにしても良いのよ」 
この様な声かけとアイコンタクトが「知覚の連結」の基本なのです。そこには患者さんの意志を優先したオムツ交換があるのです。 
「どうですか、身体が綺麗になったら気持ちもスッキリしたでしょう。これでお食事はもっと美味しくなると思うわ」 
と云う発言に「知覚の連結」が生まれるのです。 
人は金銭なくしては何も買えません。しかし、金銭で全てが買えるのではないのです。心の絆で人間同士を支え合う事も出来るのです。 
この様にして「知覚の連結」が一歩前進すると、食事の介助もスムーズになって行きます。この介助にも相当のテクニックが必要です。テーブルの上に置いある皿からスプーンで直接的に口まで運び入れる作業は考えものです。それだと単なる作業です。声かけはもちろんですが、何が口に入れられるかの認識が必要なのです。皿の上に盛られたカレーライスを患者さんの目線にまで上げ、 
「今日はとても美味しいカレーライスが出来たのよ。ほら見て、美味しそうでしょう。食べてみる?」 
と云う、声かけと食べ物がカレーライスであると認識してもらう必要があるのです。より快適な状態で食事を楽しんもらう感性が介護者に求められるのです。 
ケア終了後に行うのが、「感情の固定」です。認知機能が低下し、3分前の出来事を覚えていなかったとしても、感情記憶は残ります。ケアしてくれた人の名前は分からなくても、私はこの人が好き、嫌いということは覚えているものなのです。 
「この人は優しい人だ」 
という感情を覚えておいてもらうのが、「感情の固定」です。 
具体的には、ケア後に患者さんをなでながら「さっぱりしたね」「気持ちいいね」とポジティブな言葉を掛け、「また来るね」と「次回の約束」をします。 
このなでるというテクニックも正確な技術が必要です。指を開いて肩のあたりをなでます。顔と顔を20cmまで近づけ、目と目をずっと合わせて前向きな言葉を発し続けます。 
すると、次に会ったときもケアした人の顔を覚えており、スムーズにケアを行うことができるようになると言います。 
ある認知症患者さんは、顔を覚えたケアスタッフが行くと素直に口を開き、自分で薬を進んで飲んでくれる様になりました。そして暴れることもなくなり、両手の拘束が不要になります。そして次の段階では、患者さんの好物であるバナナを用意しました。自分で皮をむいて食べる事さえ出来る様になりました。その5日後には車いすに座って箸を使い、食事を取れるまでに改善したのです。 
「ユマニチユード」を発案したジネスト氏は、こう述べています。 
「ケアしてくれる人を友達と認識し、人間同士の絆を感じたことで意欲が沸いたのです。私も、友達と一緒に食事をすると食べ過ぎるし飲み過ぎてしまいます。人間の食事とはそういうものです」と… 
さらにこの認知症患者(女性)は、歩行のトレーニングをすることになりました。最初は大変でしたが、補助しながらゆっくり歩を進めます。 
「立位を取ることで、人間の尊厳を取り戻してもらいます」(ジネスト氏)。 
そして迎えた退院の日、女性は鏡を見ながら髪の毛をくしでとかし、自分で選んだアイシャドーでお化粧をして病院を後にしました。このような変化が、ユマニチュードを「魔法」と評する人がいるゆえんでしょう。 
どうせ認知症患者なんだから何も分からないと云う偏見が、人間性の尊厳を蔑(ないがし)ろにして来たのです。これまでの介護現場では… 
我が国でもフランスから伝わって来た「ユマニチユード」の理論を頭で理解する人は増えています。しかし人手が足りないとか、介護にそんな多くの時間をかけられないとかいった幾つもの言い訳で、真にこの理論を学び実践しようとする施設や病院は極めて少ないのが現状です。安易な薬剤投与が未だ多くの現場では横行しています。それは経済的効率を優先しているからでしょうか、いいえ人間性の尊厳を置き忘れているからではないでしょうか。 
私も医師として、反省すべき点は多々あります。それでもなるべく多くの時間をカウンセリングや脳トレに費やしています。「ユマニチユード」の理論を知る前から、この姿勢は変わりません。それでも現場の介護をするスタッフの大変さと、苦労の訴えに負けてしまう事があります。
【ご質問】
再々の質問のご回答ありがとうございます。 
本当に、このような公開の質問回答を受けていただける先生がおられるとは、信じられない思いで、感謝の気持ちしかありません。
私も向精神薬はなるべく増量したくありません。
10mgを服用して1週間ですが、あまり顕著な変化はありません。(急に効いたら、逆に怖いですが)
不安(寂しい)症状が強い、怒りっぽい、笑わないが顕著。
困っている症状は側で手を握ってないと、寂しいと、大声で呼び続けます。(昼間は施設に通所してますが、他の利用者がうるさくて困っている)
1日でも、不穏の波があり、強くなると、机叩く、物をなげる、他の人に暴言を吐く。
施設の人も、その際は、外に散歩に連れて行ってくれて気分転換を図ってくれてます。
大声だすと、なるべくスタッフの人が側についてなだめてくれてます。
ただ、四六時中手を握ることは施設、自宅でもできません。
自宅でも、なるべくよく話しかけ、好きやよ、ありがとうとか、褒めたりしますと、こっちこそとか言って、話ししてくれます。
でも、不穏が強い時は聞く耳を持たない状況になります。
また、とにかく側を離れると、1分もたたないうちに、大声で呼び続けます。
それと手を握っていても、不穏な時は、爪を立てたり、強く手をつねったり、かいたりを続けるので、こちらの手や腕が傷やあざだらけになり、痛さで我慢できない時が多々あります。
大好きな母です。なるべく自分で面倒みたいです。そのため、不穏の強いのがなくなればと思っています。
施設、家庭ともメンタルケアを一生懸命やっているつもりなのですが、それでも不穏になるので、辛いです。メンタルケアのやり方が違うのか、足りないのか・・・。なにが不穏の原因か分からないことが多いです。
こちらの話しかけもわかってますし、会話もしてくれるし、文字も読んだり、書けたり(変な文章ですが)娘の事もわかってます。
大変落ち付いている時は、気遣ってくれる言葉もかけてくれます。
同じ人間かと思うくらい差が激しいです。
メンタルケアのやり方、上手くいった事例などこのブログで機会あればまた紹介していただければと思います。
先生に一度診ていただきたいくらいですが、なにせ、関西で胃瘻、痰吸引では本人の移動は不可能です。
長々とすみません。いつも他の記事等も拝見し、色々参考になりありがたく思っております。
ありがとうごさいます。
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