診察室からコンニチハ(65)

今回はゲノム編集の危険性について考えてみます。
ゲノム編集技術は『ネイチャー・メソッズ』誌において2011年のメソッズ・オブ・ザ・イヤーに輝き、2015年にはCRISPR/Cas9の研究がノーベル賞候補と言われていました。
ゲノム編集技術の中で最も有望な、今日CRISPRと呼ばれる反復クラスターは、1987年に大腸菌で初めて石野良純らによって記載されました。その後、2002年にCRISPRと命名される事になりました。
このCRISPRがゲノム編集へと応用可能であると記載されたのは、2012年8月のことで、スウェーデン・ウメオ大学のエマニュエル・シャルパンティエらとアメリカ合衆国・カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナらによるものです。
シャルパンティエとダウドナらは、CRISPRによるゲノム編集の可能性に気付くうち、当時用いていたレンサ球菌の2つのRNAをガイドRNAとして1つに集約できることにも気付いたのです。その試みは成功し、今日のCRISPR/Cas9による高効率のゲノム編集が可能となりました。
2015年にはCRISPR/Cas9を用いて、世界初のヒト受精卵の遺伝子操作が中華人民共和国で行われ、国際的に物議を醸しだしました。この実験を主導したJunjiu Huang(黄軍就)らが使ったのは、不妊治療の過程で体外受精により作られた受精卵でした。全ての受精卵について、2つの精子が受精した異常なもので、正常には発育しないため廃棄されるものであったのです。狙った遺伝子を思い通りに書きかえられたのは86個中たった4個で、望んでいない書きかえ、つまり*オフターゲット【ゲノム編集技術CRISPRで利用されている酵素Cas9は、標的外(オフターゲット)の部位も切断することが知られている】が、起きていた受精卵もみられました。そのため、Huangらの論文では技術的な改善の必要性を結論づけています。前年の2014年にCRISPR/Cas9によって世界初の遺伝子改変サルをつくることに中国では成功していました。倫理的問題はともかくとして、HuangはNature誌により2015年の10人に選ばれました。これにより2015年からヒト受精卵に対するゲノム編集技術の倫理的規制が新たな課題となっています。2016年にも世界で2例目のヒト受精卵のゲノム編集が中国で行われています。同年10月に世界初のゲノム編集の人体応用となる臨床試験、翌年2017年3月には世界初の正常なヒト受精卵へのゲノム編集も中国で行われています。
中華人民共和国では第13次5カ年計画で、ゲノム編集を政府が国家戦略と位置付けた2016年からゲノム編集の実施が相次いでおり、2018年時点で中国では86人の遺伝子がCRISPR/Cas9によって改変され、同年11月26日には南方科技大学の賀建奎(英語版)副教授が、ゲノム編集による世界初の*デザイナーベビー「露露と娜娜(英語版)」の誕生を発表して、世界的な波紋を呼んでいます。
*デザイナーベビー
『デザイナーベビーとは、受精卵の段階で遺伝子操作を行うことによって、親が望む外見や体力・知力等を持たせた子供の総称。親がその子供の特徴をまるでデザインするかのようであるため、そう呼ばれています』
2015年12月にワシントンで開かれた第1回ヒトゲノム編集に関する国際会議(International Summit on Human Genome Editing)では、現時点で受精卵にゲノム編集をして子どもを誕生させることは無責任だとして行うべきではないという考えを表明していています。2018年11月に中国科学技術省は、遺伝子編集実験への関与者に活動の中止命令を出しました。
2018年11月現在の各国のヒトの受精卵に対してゲノム編集することの規制状況は、
ドイツ、フランス - 法律により禁止
イギリス - 基礎研究は認め、母体に戻して子どもを誕生させることは制限されています。
正常なヒト受精卵に対するゲノム編集が世界で初めて実施可能になってはいますが、
米国 - 研究に連邦政府の資金を投入することを禁止、寄付などの研究資金では可能となって、国によって十分な統一見解は出されていません。
中国 - 国の指針で子どもを誕生させることは禁止となっています。
日本国内では、厚生労働省によるガイドラインで、生殖細胞と受精卵の遺伝子改変を着床の是非に関わらず全面的に禁止しています。しかし、さらにもう一歩踏み込んで、法的規制が必要との声もあります。2018年11月28日、生殖補助医療に役立つ基礎研究に限って容認する指針案が了承され、早ければ2019年4月にも解禁される見通しです。
実際に患者に対する臨床試験を行うにあたって、患者にオフターゲットによるがんなどのリスクを適切に説明して、インフォームド・コンセントを確立することができるかどうか、また、オフターゲットのリスクと患者の利益の関係の上で、適切な治療として成立しうるのかどうかが、課題となっています。更には、極めて高価な治療となることが予測されることも、課題となるでしょう。
また、遺伝子組み換え作物 (GMO) としての取扱いについても、問題を生じています。従来のGMOと異なって、ゲノム編集作物の場合は予想外の作物が育つてしまう危険性も捨て切れないからです。
さらにバイオテロリズムへの応用を危ぶむ声もあります。
ヒトの脳、つまりヒトと同等の意識をもった動物を作成できる可能性が、技術論として真面目に議論されているからです。
大学などの研究機関や企業に所属しない個人やグループが、自宅などでゲノム編集の実験や自らの肉体を対象とした遺伝子治療、ペットの遺伝子改変などを行う「DIYバイオ」「バイオハッキング」がアメリカ合衆国などで広がっています。ゲノム編集の技術や手法がインターネットを通じて広まり、必要な薬品や器材もネット通販で入手しやすくなっていることが背景にあるようです。
これからは、より強い法的な規制が必要となって来るのでしょうか?
次回に続く
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