認知症詩集(54)

今回はショートストーリーにします。題して認知症夜話です。
78才の貞子さんはB型肝炎から肝硬変となり、体重は40kgしかないのに腹囲は90cmを超えていました。腹水が溜まっているのです。その為に横になって臥床している事が多く、この肝硬変が本格的に悪化する2年程前から貞子さんの物忘れがひどくなって来ました。
夫の良雄さんは2才年上ですが、ほとんど同じような時期から認知症状が強く出始めていました。ただし良雄さんの方は停年後、昼間から酒を飲む事が多くなり慢性アルコール中毒症による認知症の疑いが強かったみたいです。
しかし酒癖が悪い訳ではなく冷酒をちびりちびり飲みながら、一人で昔話しを思い出しながらブツクサと意味不明の妄想に浸っている事が多かった様です。
息子夫婦と一緒に住んでいたのですが、特にこれと言って大騒ぎする訳でもなく昼酒とは言え、適度に飲んでは寝てしまう様な生活が続いていました。
野球と相撲が大好きで、実況放送中は酒を飲むのも忘れテレビに見入っていました。
一週間に一度ぐらいはバスで自宅から10分ぐらいの市民病院に出掛け妻の貞子さんを見舞っていました。彼女の病気を気づかうというよりは散歩コースの一つみたいです。年取って痩せ細った妻の顔を見て、「このバアさんは何処の誰だろう」と、時に訳の分からない思いに悩む時がありました。そして自分は何故こんなバアさんの所に来ているのだろうかと考えこんでしまったりする事もあった様です。
昭和40年代、日本経済は順調な上昇気流に乗り多くの日本人に医療は未だ優しく「医は仁術」と云う言葉が生きていた時代です。男尊女卑の良い意味での美徳も未だ生き残っていました。
その象徴たる「処女性」は社会的にも道徳的にも大きな意味を持っていました。
貞子さんも肝硬変を患いながらも病院を、たらい回しにされる事などはありませんでした。
現在の様に老人ホームも殆んど無く、病院は老人のサロン化となっていました。病院での社会的入院がマスコミで叩かれる前の話で、病院での入院費用での個人差額は限りなくゼロに近かったので、誰もが経済的にも精神的にも安心して病院に頼れる時代でした。
認知症も社会的には少しずつ知られる時代ではありましたが社会問題化されるほどではなかったのです。
それでも少数の認知症にかかわる悲劇が稀にマスコミで報道される事もありました。
貞子さんは自分が肝硬変症で腹水が溜まり、日々腹囲が大きくなっていると云う自覚は全くありませんでした。
結局、彼女の幻覚と妄想の世界では日々増大する腹囲は「妊娠」としか思えなかったのです。78歳と云う年齢認識はまるでなく、貞子さんの意識の中で自分の年齢は20歳代でしかなかったのです。そんな調子で彼女は「妊娠してしまった」を、毎日の様に繰り返し話していました。

続きを、お楽しみに…
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