中沢家の人々(8)

そんな道子を小田急電鉄のプラットホームで涙ながらに見送り、一人でトボトボ埼玉の川口に向かった。途中川口の駅近くでラーメンを食べ町工場に戻ったのは夜の8時を過ぎていた。
工場長が現われ、
「紀子ちゃん、遅かったね」
と言われたが、怒っている顔ではなかった。
「はい、母を新宿まで送っていったもんですから」
「そうかい、お母さんを送っていったのか。そりゃ寂しかったね。夕飯はどうしたの?」
「はい、そこのラーメン屋さんで食べて来ました」
「そうかい、ここで食べれば良かったのに!
余り無駄使いはしないで、お金は大切に貯めなければね。そうすればお母さんと一緒に暮らせる日も早く来るよ」
「はい、申し訳ありません。明日からは真面目に仕事をします」
「そんな意味でもないのだが、まあ早く休みなさい。それにしても今晩はやけに冷えるね」
「はい、色々とご心配をかけて申し訳ありません。では、お言葉に甘えて休ませて頂きます。」
「そうだね、お休み」
と、頭の禿げかかった50才過ぎの工場長は紀子に優しく声をかけた。
「有難うございます」
と言って、与えられた4畳半の自分の部屋に戻り一休みした。
ともかく今日一日の疲れがどっと出て来た。どんな仕事をしていても、これまでは同じ屋根の下で生活をしていたのだ。
新宿駅で別れて未だ3~4時間しか経っていないと言うのに寂しさが心の奥底から湧き上がってくる。
このまま一人メソメソしても仕方がない。ともかく銭湯に行こうと立ち上がった。
温かい湯船に身体を沈めても心の寂しさは一向に解消されない。むしろ寂しさが身体の隅々までに拡がって行く様だ。銭湯から出て夢遊病者の様に自分の部屋に戻る。身体は疲れ切っているが意識は妙に冴えている。
世界中で自分一人が取り残された感じだ。
一方の道子も箱根湯元に向かう小田急電鉄の中で、涙こそ流さなかったけれど自分たち母子の未来を考えると暗い気持ちにならざるを得ない。
紀子の簿記3級の資格が2級を経て1級さらに税理士に成れるほど世間は甘い訳ではない。
それも夜学に通っての勉強だ。
自分にしたって今は39才だが、苛酷な旅館の女中奉公が何時まで続けられるのか自信もない。ただ寝る場所と食事だけはさせて貰えると云う条件だけで誘いに乗った仕事である。1日に12時間近くは働かされる女中奉公など出来るのか、考え出すと不安は尽きない。
明日に続く
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