中沢家の人々(11)

簿記2級までは一年で何とか資格を得る事が出来たが、さすがに1級への道は厳しかった。
紀子20才の秋、工場長の兄が紀子の気立ての良さに惚れ見合い話を持って来た。新大久保に住んでいる兄は「ことぶき」の常連客なっていて、清吉の仕事振りにいつも感心していた。
それに店の繁盛ぶりが凄い。
恐らく清吉は未だ女を知らないに違いない。若いくせに仕事一筋としか見えない。悪い遊びなど一度もした事がないに違いない。ともかく料理人の腕前を上げる事にしか興味がない様だ。
一方の紀子は正に「掃き溜めに鶴」の様な存在で、弟の工場に置いて置くには勿体ない様な感じだ。毎日8時間以上の仕事をしながら夜学にも通って簿記1級を目指しているという。また彼女の母親は箱根の旅館で女中をしていると言う。何とも哀しい母子関係ではないか?
それも母子のこれまでの生き様を聞けば聞く程に、その不運な人生を同情せずにはいられない。
美人の若い女には、誰もが何かをして上げたいと云う思いに駆られる事が多い。若さとは力であり、美しさとは更なる誘惑である。男とはどの様な年齢になっても美人の若い女には必要以上に何か手助けをしたくなる。
本質的に女は現実的な生物であり、男は常にロマンを夢見ている。
ともかく紀子母子に少しでも幸福になって欲しい。あの生真面目で経済的に豊かな清吉と、若く美しくとも清貧に甘んじている紀子母子とを組み合わせてみたい。
人間の幸福とは何か、
経済的な余裕か?
清貧に甘んじる心の豊かさか?
弟と違って文学士の兄は、この出会いに限りない興味を抱いていた。父親の町工場を受け継いで毎日律儀な汗を流す高校卒業の弟とは違って、大学の文学部を卒業し雑誌社に勤め編集長にまでなっている兄はどうしても、この出会いに自分が介入したいと云う思いが日々強くなっていた。幸福の原点は何かを限りなく追求したくなったのである。芸能人同士の結びつきと別れ、彼等は何を考え直ぐに結びつき別れて行くのか、世間で脚光を浴び過ぎ幸福の原点を忘れてしまうのか?
明日に続く
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