中沢家の人々(14)

1963年11月初旬の金曜日、紅葉の始まりかけた箱根を出て道子は午前11時25分に新大久保駅に着いた。何とも落ち着かない風情である。まるで自分がお見合いでもするかの様な気持ちである。
一方の清吉は工場長の兄から、お見合い話を持ち出された時は酒の上の冗談話みたいに聞き流していた。
「先生、私は未だ半端な板前ですよ。お見合いがどうのこうのと言ってる身分じゃありませんよ」
「そんな事を言っても、この店の繁盛ぶりはすごいじゃないか。嫁の一人ぐらいは貰っても良いだけの資格はあると思うがね!」
「先生、失礼を承知でご返事をさせてもらいますが、店が繁盛していれば良いってもんじゃないですよ。私自身が半端な板前である自分を許せないんです」
「さすがだね!常に一流の大工を目指している貞雄さんの息子だ、言う事に性根が据わっている。こりゃ私の負けだね」
そこに仲道が口を出して来た。
「俺が何か言える立場ではないが、清ちゃんは少し考え違いをしているんじゃない。大工だって、板前だって修業だと言えば死ぬまで修業だ!…それを言い出したら死ぬまで結婚出来ない事になる。それに清ちゃんね、料理は人間が作るものだ。料理の技術だけを磨けば良いってもんじゃない。人間性をも磨いてこそ本物の料理が作れるのではないだろうか?
未だ独身の俺が言うと馬鹿みたいに聞こえるかもしれないがね。しかし、こんな俺にも結婚を誓った女はいたのよ。それが不幸な事故に巻き込まれ死んでしまったのさ…俺は生涯結婚はしないと操を立ててしまったのだ、こんな下らない話をして恥ずかしいんだが!」
「仲道さんにも、そんな過去があったのですか?」
「誰にもそれなりの過去はあるよ、それよりお見合いの話を受けてみなよ。人生は何でも経験だ。それが新しい料理作りにも繋がって行くと思うがね」
「仲道さんに、そこまで言われるとその気になりますね」
「そうだよ、何事も経験だ」
「先生、私の考えが浅はかでした。お見合いの件は宜しくお願い申し上げます」
「そうかい、やっと納得してくれたかい。相手の方には了解して貰っているので清吉さんに断られたら、私は窮地に立つ所だった。やぁ、仲道さんの援護射撃で助かった!…日程はともかくお見合い場所は「ことぶき」にしよう。夜は飲み客が多いのでランチタイムが良いと思う。清吉さんは仕事着のままで良いよ。男は仕事で輝いている時が一番だ。その代り自慢の料理に腕を振るってくれ。もちろん会計はゼロだ」
「何だ、筋書きは全部出来上がっているんですね。先生には敵わないな!…分かりました、総て先生の言う通りにします」
「日程が、決まったら個室の一つは必ず空けといてくれ。
一般のお客さんの様に外で30分以上も待たされたら、纏まる話も纏まらないからな!」
「分かりました、総て先生のお指図通りにします」
明日に続く
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