中沢家の人々(15)

新大久保駅で落ち合った紀子たち3人は先ず駅近くの喫茶店で一休みした。12時10分ちょうどに「ことぶき」に着く段取りになっている。駅から「ことぶき」までは歩いて5~6分の距離である。20分や30分はコーヒーでも飲む時間もある。
そのコーヒーを飲みながら工場長は兄貴から聞い清吉一家の家族構成を簡単に説明した。清吉の父は腕の良い大工で今の「ことぶき」も自分一人で作り上げたらしい。店の主人は清吉の母だが55才で近頃は店に出る事も少なくなり実際の主人は清吉だ。使用人は10人程いて兄貴に言わせると店の中は戦場の様な忙しさらしかった。
そんな説明を終えた所で12時を少し回ってしまった。3人は急ぎ「ことぶき」に向かう。
12時10分、定刻通りに着いたが本当に凄い人の列だ。どうやったら入れるのか戸惑うばかりである。すると工場長の兄が列の向こうから手を振って来た。
「お~い、こっちだ」
「何だ、そんな所にいたのか。それにしても少し遅いじゃないか?」
「いや、時間は約束通りに着いたのだが、何にしても凄い人だ、どうやって入ったら良いのか分からなかったのよ」
「そうか駅の改札口で待ち合わせすれば良かったな!…まあ、良いか済んでしまった事は。一般のお客さんと一緒に並んでいたら何時まで待たされるか分からない。ちゃんと手は打ってあるよ。さあ、入口はこっちだ」
並んでいる多くの客は不機嫌そうな顔をして、そんな4人を見ていた。
「清吉さん、例のお客さんを連れ来た。約束の個室は何処だい」
「あっ、先生わざわざのお越し有難うございます。お部屋の方はこちらの方にご用意してあります。どうぞ…」
「どうも有難う。それじゃあ案内してもらうよ、挨拶はその後だ」
工場長は言うまでもなく、紀子も道子も目を丸くしていた。何だ、この客の混み方は!…それに使用人たちの忙しそうな事。通された個室は8畳の和室であった。先ずは女子店員が熱いお茶を持って来た。そして清吉が挨拶にやって来た。
「今日は、わざわざご来店頂き本当に有難うございます。大したお構いも出来ませんが、どうぞゆっくりとお寛ぎ下さい。私は未だ24才の小僧子ですが、それでも料理人としては心血を注いでいます。お口に合いますかどうか甚だ疑問ですが、心だけは精一杯尽くすつもりでいます。前置きは、このぐらいにして先生どうか皆様方のご紹介を頂けませんか」
「いや、これは失礼した。先ずは真向かえにいるのが本日の主役の紀子さん20才だ。隣がお母さまの道子さん、そして私の弟だ」
3人は夫々に挨拶を返した。
紀子も道子も、清吉の24才とも言えぬ挨拶振りの丁寧さに少し驚いた。紀子は知らぬ間に自分の顔が紅潮している事に気付かなかった。
明日に続く
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