中沢家の人々(19)

さらに仲道は続けた。
「清吉さん、あんたも満更でもない顔をしているよ。紀子さん、失礼ですが嫌いではないでしょう、清吉さんの事を!」
「私は何も好きとか嫌いとか、ただ正直驚いているだけです」
「確かにね、話の展開が早過ぎて付いて行けないのかもしれない…でも二人して同じ時間を過ごし同じ空気を吸ってみる事だ。理屈ではなく流れて来る感覚が共に楽しく味わえるかが問題なんだよ」
仲道は何時になく饒舌だった。
自分の過去の苦しい経験を思い出しているかの様だった。妙な戸惑いが折角の巡り合いを哀れな結末にしてしまった過ちを…
こうして二人は何か皆に急かされる様な感じで、「ことぶき」を後にした。
二人にとっては生まれて初めての異性の交際だった。何をどの様に話して良いのかも分からなかった。ものの10分ぐらいは話すべき言葉も見つからず、一定の間隔を空けて歩いていた。
しかし、まるで何の話もしないというのも苦痛ではある。
清吉の方から料理の話を始めた。
「今日のお昼の食事は、御満足頂けたでしょうか?」
「満足も何も生まれて初めて味わった驚く様なご馳走でした。お客様の行列も凄いですのね。何時もあんなに忙しいのですか?…一体美味しいお料理の秘訣って何ですの」
「そうですね、その素材の特性を知り抜く事ですかね。魚にしても、肉にしてもどの様な味付けにすれば、その素材の味が最大限に生かされるかを学ぶ事だと思うのです。人にも夫々に得て不得手があるじゃあないですか。絵の好きな人もいれば、算盤の上手な人もいるでしょう。その人の一番得意な分野で仕事をしていれば誰でも輝いて見えるじゃあないですか。料理も同じだと思うんです。旬の味って言葉があるでしょう。同じ様にその素材を最も活かせる味付けと云うものがあるのです」
「それはどの様にしたら学べるのかしら?」
「それは素材その物に聞くのです」
「どうやって聞くのですか?」
「どんな味付けにしてもらいたいか、どうやったら一番美味しい味付けになるのか、常に素材と問答を繰り返しているのです」
「まあ、随分と面白いお話しです事。私はそんな事これまで一度も考えた事はありませんわ」
熱心に語る料理の話に紀子は少し興味を覚えた。そして清吉の純な性格にも好感を持ち始めた。そばにいるだけで暖かい空気に包まれている様だ。
そんな話をしている間に二人の足は何時しか町工場の近くまで来てしまった。工場の手前には小さな公園がある。そこには2台のブランコが置いてある。
このまま清吉と別れるには少し寂しさを感じた。
次回に続く
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