中沢家の人々(25)

家政婦の話しが終わるなり清吉の動きは迅速だった。先ず自宅の金庫から300万円を引き出し、その中から200万円を紀子に手渡した。
「お前はこの金を持って、その焼け出された二軒の家に行き『当座のお見舞い金です。主人が後で正式に謝罪に参ります。主人は父の病院に駆けつけていますので、今朝は失礼とは思いますが私が主人の代理として、ともかく些少ではありますが、当座のご用立てにお使い下さい』と詫びて来い」
「分かりました、あなたの仰る通りにします」
「ともかく俺は親父の病院に行って来る」
「私も謝罪が終わったら直ぐ病院に駆けつけます」
「うん、そうしてくれ!」
朝は7時を少し過ぎた所である。先ず清吉が一人で家を飛び出した。丁度タクシーがやって来た。彼はそれに乗り病院に向かった。紀子はなるべく地味な服装を選んで大久保の焼けただれた家にとぼとぼ歩いて出掛けた。何とも辛い仕事である。足取りも重い。先ずは全焼の強い
布団屋に向かった。紀子はくどくど謝罪した。布団屋の主人は顔を真っ赤にして、「幾ら詫びて貰っても焼けてしまった布団はどうにもならない。一体どうやって弁償する積もりや!」
「はい、今日は当座の用立てに些少ではありますが100万円だけを持参して参りました。この程度のお金で全てを済ます積もりはございません。後は事実上ご被害額をお調べ頂き、どの様にもご相談させて頂きますので今朝の所はご勘弁下さい」
「まあ、そう言う話しなら後で相談すれば良い事だ。じゃあ取りあえず100万円だけでも貰って置こうか」布団屋の親父はすっかり機嫌を直した。
「しかし、あんたの親父の酒癖の悪さも相当なもんだ。夜中に大きな声で軍歌は歌うし、2階からは小便を平気でたれ流す、散々な目に合わされたりしたよ」
「重ね重ね申し訳ありませんでした」
「まあいいや、言い出したら切りがないから」
次に逆隣りの菓子屋に行って同じ様な詫び上を言った。こちらの方は円満な70過ぎのおばあさんで話は単純にまとまった。
辛い仕事を何とか清吉の言う様にやり遂げ、その足で清吉の待っている病院に向かった。
清吉は待ち続けていた。
「紀子、どうだ両隣の家にはご納得して貰ったか?」
そこはあなたの誠意が通じたみたいよ。それでお父さまのお身体の具合はどうなの?」
「どうにもこうにも、階段からの転落で脳出血の跡が2箇所にあると言われたばかりだ。生命の安全性は保証出来ないとまで言われ、俺も途方に暮れている。ともかく新宿店は、しばらく臨時休業にするしかないだろう」
新規開店を目前にしている新橋店もしばらくは先延ばしせざるを得ない。
次回に続く
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