中沢家の人々(28)

新橋店開業後数年して清吉は人の勧めもあってゴルフを始めた。これまで遊びらしい遊びをした事のない彼には実に楽しい遊びだった。一年を超えて何とか100の大台を超えゴルフは面白くなる一方だった。紀子にも誘ったが数回付き合っただけで彼女は自分には向かないと判断して、清吉の誘いにも乗らなくなって来た。プロゴルファーにレッスンを何度か受けさせたが、それでも紀子は興味を示さなかった。趣味の違いとは言え、ここにも夫婦の生活のずれが少しずつ拡がってきた。子宝の事はともかく清吉は夫婦二人の趣味を何とか共通のものにしたかった。そんな想いを知ってか知らずしてか紀子はゴルフに関しては興味に乗って来なかった。
ここでも清吉は小さな挫折感を味わった。子宝に恵まれなくても夫婦の絆を何かの形で追い求めたかったのだ。金を儲ける事だけが人生ではないだろう。自分の人生の中に何を求めて行けば良いのか、紀子と二人でどの様な人生を築いて行けば、幸福な日々が送れるのか?
紀子との間に子供が出来ないと知ってから近頃はそんな事ばかりを考えていた。
せめて二人で一緒にゴルフでも楽しむ事が出来ればとも考えたのだが、それさえも淡い希望に終わってしまった。
紀子も清吉のそんな思いを察して何度かは、練習場やコースにも付き合ってくれたが、あんな小さなボールを追いかけて走り回る遊びの何処が面白いのか全く理解出来なかった。むしろ映画や観劇のほうが余程楽しかった。
清吉と映画や観劇に行っても彼は隣の席で居眠りしている事が多かった。架空の映画や観劇の何処が面白いのか清吉には分からなかった。
ところで父親の貞雄は、どうなっているのか?…総合病院で急性期を脱し、奇跡的な回復を成し遂げたが手足の不自由さは強く残っていた。言語障害も著しかった。入院4ヶ月目には担当医からリハビリ専門の伊豆の病院を紹介された。
「伊豆ですか?」
と、その遠さに清吉は難色を示したが、紀子は大賛成だった。
「あなた、風光明媚で空気も澄んだ伊豆ならお父さまのリハビリにはとても良いと思うわ!」
と紀子は言うが、本当の所は貞雄と少しでも距離の離れた所にいたいと云うのが彼女の本音だったかもしれない。
貞雄の起こした火事騒ぎで、どれだけ下げたくもない頭を下げた事か!…この先も私たち夫婦に、どれだけの災いをもたらすのか考えるだけで恐ろしくなる。本音を言えば伊豆でも何処でも出来る限り遠くへ行って欲しい。彼女に取って貞雄の存在は最早、厄病神でしかなかった。
次回に続く


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