中沢家の人々(30)

結局、清吉は子宝に恵まれない自分の精神的葛藤から逃れる為にゴルフに邁進して行った。
あれほど料理研究と商売熱心な彼が、まるで人が変わったかの様に店に顔を出さず1週間に5度以上はゴルフコースに向かった。
レッスンプロにも付いてゴルフ三昧の日々となって行った。
34才の若さで金に糸目を付けず、それ程までに熱中して行ったから彼のゴルフの上達度は飛躍的に上昇して行った。
3年目にはシングルプレイヤーの仲間入りを果たしていた。4年目にはコースコンペで優勝する事も多くなって来た。それに伴いゴルフでの友達も増えて来た。5年目にはアマチュアプレイヤーのトップの地位に登り詰めていた。
今や実質上の副社長、仲道はそんな清吉を横目で見ながらも一言の注意もしなかった。紀子は清吉のゴルフ熱が自分の不妊にあると思っていたので彼の好きな様にさせて置いた。すでに紀子も30才を超えていた。清吉が外で子供を作るのも時間の問題だとさえ覚悟していた。
清吉のゴルフ仲間はどんどん増えて行った。それに彼の金回りは驚く程に良かった。だからと云って驕り昂ぶる事もなかった。金の使い方も実にスマートだった。だから多くの人達に好感を持たれた。夜の遊びに誘われる事も増えて来た。そこでの支払いも、殆んどが清吉の役割だった。
清吉が銀座の「葵」の常連になり始めたのは38の年からだった。その脇には22才の里美がいつも横に座っていた。そんな場所でも清吉は紳士的だった。
里美の手を握る事ぐらいはあってもそれ以上の事はしなかった。それでいて時々のプレゼントは欠かさなかった。シャネルのバッグやエルメスのカーディガンなど、どれも値段の張る物ばかりだった。
「里美ちゃん、そんなに清さんのそばにばかりいちゃダメよ。
他のお客さんが嫌な顔をするわよ」
と葵のママに注意をされる事もあったが、清吉が葵の一番の客である事はママが重々知っているので余り強くは言えなかった。その年の秋、いつもの陽気なゴルフ仲間が数人葵にやって来て、
「清吉さん、凄いね!クラブコンペ5連覇じゃあないか、前代未聞の記録だね。今日は皆んなで盛大に乾杯しょう」
と言って寄ってたかって来た。
もちろん、ここの支払いも全てが清吉のものである。
「清ちゃんって、そんなにゴルフが上手なの」
と里美が聞いて来た。ゴルフ仲間の一人が
「上手なんてもんじゃない。殆んどプロ級だね」
「そんなに上手なんだ!…じゃぁ里美にも今度はゴルフを教えて、ねえお願い」
「良いよ、俺は1年中ゴルフ場にいるから」
「それなら何時?」
「何時だって良いよ」
「明日は里美の公休日だし、明日でも良い」
次回に続く
関連記事