中沢家の人々(31)

「もちろん良いよ」
「でも里美、ゴルフの練習道具なんか何も持っていないわよ」
「そんな事は訳がないよ。銀座の三越でも良いし、何処でもゴルフ道具なんか直ぐに買えるよ」
「本当、それなら明日何処で待ち合わせれば良い」
「里美の家は何処だ!」
「渋谷の近くよ」
「じゃあ忠犬ハチ公の前で待っているか、何時頃が良い?」
「朝が遅いから午後3時ぐらいでも大丈夫!」
「じゃあ、その時間に待っているよ」
「きっとよ、すっぽかししたら嫌よ」
「すっぽかすくらいなら、こんなに里美の所には来ないよ」
「それもそうね、早く明日が来ないかな。それにしても一年以上も付き合っているのに店外デートは始めてね。さては他にも良い女がいるんだな!」
「何を馬鹿な事を言っているんだ。そんなに身体が幾つもある訳じゃあないし、そんなに毎日の様に色んな店を歩き回っていられないよ」
「それもそうね、分かった信じて上げる」
「そろそろ閉店の時間だな、俺もボチボチ帰えるよ。タクシーを呼んでくれないか?」
「はい、分かりました。誰かボーイさん、清ちゃんにお供を呼んで」
こうして清吉は新大久保の自宅に帰って行った。家に着いたのは午前2時を回っていた。黙って家に入り、黙って寝た。何時もの事なので紀子は何も言わずにそのまま寝ていた。
翌日、清吉は昼頃に起きだし一人ゆっくりと風呂に入った。朝食の準備は出来ていた。一人で食べる食事は味気なかったが、だからと言って紀子と向かい合って食べる勇気もなかった。やはり心に何処か疚しさがあったのかもしれない。
午後2時半頃、里美と待ち合わせの渋谷に向かった。
午後3時丁度に目的地に着いた。里美も同時にやって来た。二人でタクシーに乗り、ドライバーに案内してもらい近くのゴルフショップに出向いた。
ウェアからゴルフクラブ、シューズその他を一通り買い揃えるのに2時間はかかった。これだけの買い物を揃えるのに女性としては早い方だ。恐らくゴルフに対する考え方や知識が何もないから清吉の勧め通りに買うしかなかったのであろう。
一通りの道具を買い揃えて、またタクシーに乗り近隣の練習場に向かった。清吉は自分のゴルフ道具は持って来なかった。今日は里美のゴルフ遊びに付き合うだけで精一杯だと考えていた。練習場に着いて先ずはクラブの握り方から教える。板前修業の青年にもそうだが、彼は人に何かを教える事に割と忍耐心が強かった。初心者はボールを始めから当てに行こうとするから妙な緊張感から空振りする事が多い。
肩の力を抜いて自然の反応で振り抜いて行けばボールの反発力で、そのまま本来の放物線を描いていくものだ。
次回に続く
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