中沢家の人々(36)

「お前、一体何があったの?」
と、道子は訝し気に尋ねた。
「実はね、私は殆んど一人暮らしをしているの。だからお母さんと一緒に住みたいの」
「清吉さんはどうしたの?」
「家に余り帰って来ないのよ」
「あの清吉さんが家に帰って来ないって、夫婦喧嘩でもしたのかい!」
二人共、殆んど料理に手が付かず話にのめり込んでいた。
「夫婦喧嘩ぐらいなら良いんだけれど、そんな単純な話じゃあないの。外に女が出来たみたい」
「外に女が出来たって、何か証拠があるのかい?」
「背広のポケットに指輪や腕時計の領収書が入っていたりするの…私はこの一年、そんなプレゼントを貰った覚えなんかないし、どう考えても変でしょう」
「確かに妙だわね、でもどうして清吉さんはそんな心変わりをしたのかね」
「私に子供が出来ないからだと思うわ!」
「そう言えば結婚して10年以上は経っているのに全く赤ん坊の出来る様子が無いわね。でもそれはお前だけの責任ではないだろう!」
「それが何年か前に産婦人科に行って調べて貰ったら私の身体に問題があるって言われたの。
初めの内こそ、あの人は子供がいなくても仲の良い夫婦は幾らでもいるって言ってくれたけど」と、
紀子は母親に甘える子供の様に道子の手を握りしめた。握った手に紀子の涙の一雫が溢れ落ちた。窓の外に映る紅葉までもが哀しい母娘の運命を物語っているかの様だった。
如何に風光明媚な場所にいても人それぞれに心の風景は違ってくる。
「それが段々と跡継ぎもいないのに店ばかり大きくしても仕方がないだろう!…なんて一人言の様に呟き始めたの …それからは店には殆んど顔を出さずゴルフに狂い出し私にもゴルフ場に誘い出したの…でも私には向かないのよ。それなりに頑張ってみたんだけど、日焼けで肌は黒くなるし、白い小さなボールを追いかけ小高い丘に登ったり、崖の下までボールを探したりで何が楽しいのか全く分からないのよ」
「それでお前は、そんな清吉さんにどのくらい付き合ったの!」
「3回くらいかな…」
「もう少し付き合ってあげれば良かったのに、お前が清吉さんに付き合わいから心が少しずつ離れて行ったんじゃあ無いのかい」
「それでは夫婦は何時でも同じ趣味を持たなければ行けないの?」
「子供がいない分、二人の大切な時間を作る様な努力は必要だろうね。どうせお前達は金が有り余るほどあるのだから、世界一周グルメの旅にでも出掛けたら…そう云う夫婦の過ごし方が大切なんだよ」
「でも今更そう言っても遅いわ!…すでに品川のマンションで里美とか言う16才も離れた若い女性と暮らしているの…それだけじゃあないの。生後2ヶ月の男の子までいるって私立探偵から聞かされたわ」
次回に続く
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