中沢家の人々(38)

「そんな事もあったわね」
と、紀子も思い出す様に言った。さらに道子は話を続けた。
「もし徳治さんと私の間に男の子の一人でも出来ていたら、私は恐らく徳治さんの本妻に収まっていただろう。つまり妾奉公で終わってしまう事はなかったに違いないと思うよ。それが後からやって来た若い奥さんが次から次へと男の子を産んで行ったので、私は全く見向きもされなくなってしまったのさ!
どうだい全く似た者同士の母と娘だろう」
「本当にその通りだわ」
「それでも私とお前は決定的に違う、その意味が分かるかい」
「よく分からない…」
「お前に子供が産まれなくても最初から紀子は清吉さんの本妻なんだよ。だから堂々としていれば良いんだ。どうせ清吉さんは若い女に夢中になっているのだから仕事にも精を出さないだろう」
「お母さんの言う通りだわ」
「だったらその間に紀子が、ことぶきの本当の社長になって仕舞えば良いんだ!」
「そんな事が私に出来るかしら」と、少し不安気に紀子が首を傾げた。
「確か、副社長で何て言う名前だったか忘れたけれど、紀子が結婚する前からいる板前さんがいただろう」
「あゝ、仲道さんの事ね」
「そう、その仲道さんは今の清吉さんの事をどう見ているんだい?」
「あの仲道さんは心の広い人だからあまり愚痴をこぼしたり文句を言ったりはしていないけれど弱り切っている事は確かだと思うわ。社長が何年も店に顔を出さないと云うのは舵取りを失った船みたいですものね」
「そりゃそうだろ、だったら紀子がその舵取りになるしかないだろう!」
「この私に、そんな大役が務まるかしら?」
「じゃあ誰が舵取りをするの?
紀子しかいないでしょう。確かに大きな役目だとは思うよ、でも副社長の仲道さんだって、きっとお前の味方になってくれるんじゃあない!他にもお前の手足となってくれる人だっているだろう。何でも一人でやろうとするから自信がなくなるんでしょう、そうは思わない!」
「確かに、お母さんの言う通りかもしれない。仲道さんも川崎さんも私を支えてくれるに違いない」
「だろう、だったらお前が陣頭指揮を執って店を4つも5つも増やして堂々たる女社長になれば良いのさ。お前がそんな女社長になれば私も東京に行って悠々とした老後の生活をさせてもらうよ、紀子しっかり頑張って!」
と母に励まされ自分の体内に勇気と気力が舞い戻って来た。
料理人としては全く自信は無いが経営者としてならやって行けるかもしれない。
やっぱり母は強い。母の今日の叱咤激励がなければ自分は本当に駄目な女になってしまっただろう。
「お母さん私は今自分が何をすべきか分かりました。しっかりと店を拡張し、女社長の道を歩いて行きます。折角のお料理だから食べましょう」
そう言って二人は食事を始めた。ビールも少し飲んだ。
紀子の中で何かが吹き切れた。
次回に続く

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