中沢家の人々(39)

そして清吉はと言えば、里美と生後半年にも満たない翔太との愛の生活に溺れ…ゴルフ三昧の余りに楽しい日々に、すっかり自己の心の在りかを忘れていた。
それでも手持ちの金が無くなると、1ヶ月に1~2回程度の割合で自宅に戻り金庫から数百万円の金を抜き出していた。なるべく紀子のいない時間を狙って忍び込む様に入って行くのだが、時にはタイミングがずれ、気まずい思いのする事もある。
「あら、誰かと思ったら貴方だったの?…私はてっきり空巣かと思ったわ!」
と、紀子が嫌味を言う。
「お前、空巣はないだろう。それで店の方はどうだ、皆んな変わりはないか?」
と清吉が照れ臭さそうに言った。
「お陰さまで、お店の方は順調です。社長が居なくても店はやっていけるものなのね。お気になさらなくても大丈夫よ。まあ、精々羽を伸ばしていて下さいな!」
と紀子に言われ、清吉は頭を掻きながら
「それは何よりだ。お前も相変わらず若いな」と、
苦笑いをした。この人も愛想を言う様になったのだと、紀子は夫の変貌を目の当たりにして少し哀しくなったが微笑んで、
「どうも有難う、でも何時からそんなにお口が上手になったのかしら?」
と、軽く返した。
清吉はニヤニヤ笑いながら
「また来るよ…」
と言って、バッグの中に札束を詰めるだけ入れて逃げる様に帰っていった。
清吉の帰った後は冷たい風が吹き去って行くかの様な思いが残ったが…
箱根から戻って以来、紀子の心は強くなっていた。より事業拡大への闘争心を燃やす事により自己の精神をコントロールしていた。
一方、伊豆の貞雄はどうなっていたのだろうか?…
誰も、この数年間は全く病院に見舞いには行っていない。もちろん紀子が一人で見舞いに行く筋合いではないだろう。病院への支払いは紀子が郵便為替で済ませていた。貞雄に付いている家政婦にも同じ方法で支払っていた。その際には貞雄の小遣いも充分に付け加えた。
貞雄は家政婦を買収し、酒を買わせ好き勝手に飲んでいた。時々はナースに見つかり貞雄も家政婦も注意は受けていた。
「中沢さん、この病院にはリハビリ目的で来たのでしょう。どうしても酒が飲みたいなら退院してもらいますから」
と叱られ、ナースもまた担当医には幾度ともなく報告したが何故か医師はそれ程には関心を示さなかった。
「あの中沢さんは、かなり重い肝硬変にかかっている。今更、酒の事で注意してもどうにもならない。それに数年以上も特室に入っていて家政婦まで付けている。君たちだって、そんなに手がかからないだろう。ムキになって注意しても仕方がないよ」
「それなら特室の患者さんなら何をしても良いのですか?」
「そうは言ってないが、あの調子で酒を飲んでいたら後1年は持たないよ、そんなに目くじらを立てても仕方がないじゃあないか」
と医師に言われ看護婦は渋々と引き退った。
次回に続く
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