中沢家の人々(42)

紀子の際立った手配の後で二人は一緒に病院の霊安室に出向き貞雄の柩の前でご焼香をした。
「義父さま、私をきっと悪い嫁だったとお思いでしょう。言い訳はしません。その通りだからです。でも中沢家は決して潰しません。そして義父さまの一人息子、清吉さんもきっと立ち直らせてみせます。それこそが中沢家の嫁の最大の務めだと信じています。どうか、安らかにお眠り下さい」
と、紀子は初めてその胸の内を今や仏になった貞吉だけには打ち明けた。
清吉は己の置かれた惨めな存在だけを意識しながら、
「親父、こんな不肖の息子になってしまい顔の合わせ様もない。親父と同じ様に俺もまた身を持ち崩してしまった。血は争えないと言うが全くその通りだ。俺もこの先はどんな死に方をするか分からないが、しばらくは閻魔さまの前で待っててくれ、俺も早々に親父のそばに行く事になるかもしれないから…」
と、清吉は自己嫌悪の塊で祈ると言うよりは呪詛に近い呟きを洩らしていた。かつては、今も事実上は妻である紀子の前で今更ながら己の所業を悔やんでいた。
貞雄の遺体は新大久保の実家に運ばれ数日間は柩のまま安置された、青山葬儀所の順番待ちをしていたのである。
1980年3月中旬、春の小雪に近い霙まじりの寒い日に貞雄の葬儀が青山で行なわれた。
喪主は清吉で隣に紀子が席を占めた。そして翔太、里美さらに道子が席に着いた。後は「ことぶき」の幹部10数名が続いた。まだ1才半の翔太が大人しくしてくれるか、そればかりが気になって仕方のない里美だった。
天候が悪いにもかかわらず参列者は次から次へと続いた。
数千名は下らない多さで、ご焼香の壇は6列に配置されてあったが、それでも総ての参列者がご焼香を終了するまでに2時間近くは要した。
その余りの多さに里美は圧倒され身のすくむ思いでいた。幸い翔太は途中から寝てくれたので、その分だけは救われた。
里美は一人胸の中で呟いた。
「こんな盛大な葬儀は始めてだ。清ちゃんから聞かされたお父さんって人はアル中だって話だし、そんな人の葬儀にこれだけの参列者が集まる訳はない。清ちゃんにしてもゴルフばかりして毎日を遊んで過ごしているんだから、とてもこれだけの人が集まるとは思えない。となると、女社長と呼ばれている清ちゃんの奥さんの威光では無いか!…以前に清ちゃんは私に子供が出来たら今の女房とは別れ、私と正式な結婚をすると言ってくれたが、こんな凄腕の奥さんと離婚するなんて可能だろうか?」と、
里美は考えこんでしまった。
清吉もまた思い悩んでいた。
「紀子は何が目的でこんなにも大袈裟な葬儀をしているのだろう。アル中の親父なんか無縁仏で丁度良いぐらいなのに…恐らくは俺への当てつけだろう」
参列者への挨拶は喪主の清吉がすべきものだが、清吉は堅く固辞した。今更、どの面を下げて喪主みたいな挨拶が出来ると云うのだ。全ては紀子のお膳立てではないか?…とても清吉に挨拶の出来ようがなかった。
仕方がないので紀子が挨拶に立った。
「本日はこの悪天候にもかかわらず、かくも多数の方々にご参列頂き厚く御礼申し上げます。義父、貞雄こそ今日ある、ことぶきの始祖です」
次回に続く
関連記事

コメント