中沢家の人々(46)

紀子と仲道の二人は、そんな女将の話を食い入る様に聞いていた。さらに女将の話は続く。
「この病院に運び込んだのが午前4時前で、すでに道子さんの意識は全くなかったの…当直の先生たち数名が道子さんを診ている間に私が紀子さんの所に急いで電話したっていう訳なのよ」
「そうなんですか、それは随分とお世話になって本当に申し訳ございません。それでお医者さまは何と言っているのですか?」
と、紀子は女将の苦労にお礼の言葉もなかったが、聞きたい事は未だ幾つもあった。
女将は疲労の色を顔に滲ませながら、さらに説明を続けた。
「ここの病院に着いた直後に看護婦さんが道子さんの血圧を測り、240とか言っているのが聞こえ、駄目だ!…呼吸停止が来そうだと言って、ドクターは直ぐに人工呼吸器を取り付けCT室とかいった部屋に道子さんを運び入れ、頭のCTを撮っていたみたい。その結果、クモ膜下出血による意識レベルの低下が急激に来たとか仰っていましたが、私には余り理解出来ないので詳しくは紀子さんが直に聞いてみて下さい」
「分かりました。後は私たちでやりますので女将さんはどうか帰ってお休み下さい」
「そうね、今日の所は私も帰らせてもらいます。何か急な変化があったら遠慮なく旅館の方に連絡して下さいな。それでは…後は宜しく」と言って、
女将は旅館の車で帰っていった。とても疲れ切った感じである。確か母より一つか二つぐらい年上だと道子から聞かされていたので、昨晩から今朝にかけての苦労は並大抵のものではなかったであろうと、容易に推察がつく。
紀子も仲道もかなりの疲労感を覚えていたが、それ以上に道子の病状が気になって仕方ない。
午前8時半、40才代後半と思われる医師が集中治療室から出て来た。
「村田道子さんのご家族ですか?」と、
聞いて来た。
「はい、私が村田の娘です。この病院に緊急入院させたのは母が勤める旅館の女将ですが、先程お帰りになりました」
「そうですか分かりました。ところで、そのお連れの方は?」
と医師は少し不審気に尋ねて来た。紀子も一瞬、言い淀んだが
「私が経営する店の支配人です」と、
当たらず遠からずの答え方をした。医師はそれ以上は何も尋ねなかった。集中治療室脇の小部屋へナースにより招き入れられた。テレビで見る警察署の取調室みたいな雰囲気で、不安がより増大して行く感じだ。仲道と紀子の二人はその部屋で10分程待ったが、医師がレントゲンフィルムを小脇に抱え急ぎ早に入ってきた。
「私は担当医の小村と言います。本日早朝、緊急入院となりました村田道子さんの病状について、これからご説明します。先ず始めにお断りいたしますが、お母さまの病状は極めて重篤で、この数日間が一つの大きな山場であるとお考え下さい」
と、非常に深刻そうな顔をして医師の話がゆっくりと静かに、そして淡々となされた。
次回に続く

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