中沢家の人々(51)

こうして紀子の煩悶は続いた。
「母がこの世に存在していると云う意識だけで自分は守られていた。しかし、あの世に行ってしまったら自分にとって本当の血縁者はいなくなる。これからは何を拠り所に生きて行けば良いのだろうか?…仮にも後ろで母が守ってくれると思えたからこそ、今日まで女社長として頑張り抜く事が出来たのだ。夫の清吉もあんな調子で全く頼りにはならないし、自分は何を支えにこれからの人生を過ごしたら良いのか」
と、紀子は途方に暮れるばかりだ。夕食は午後8時からホテル内で会席料理を注文するが、紀子はほとんど箸をつけない。
仲道も気になって、
「少しはお食べにならないと体に障りますよ」
と、注意を促した。
「そうね、幾ら考えたって成る様にしかならないものね」
「ともかく、こんな時こそお気持ちをしっかりして食べる物はお食べにならなければ…少しばかりお酒でも頂きますか?」
と、仲道は紀子を労わる様に日本酒を2合ばかり注文した。
「じゃあ私も少しだけ頂くかしら、幾ら考えたって病気の事はお医者さんに任せるしかないけれど、仲道さんはどう考えます。手術をするのか、しないかの事なんですけれど!」
紀子から直に相談され仲道は一瞬戸惑ったが、少し間を置いて答えた。
「社長のお母様はどんなご性格なんでしょうか?…出来る限りそのご意志を尊重する方向で考えて行くべきだと思うのですが、出過ぎた言い方でしたらお許し下さい」
「そうね、その通りだわ。
母だったら植物人間になるなんて道は選ばないと思うの…」
「それでは何をお悩みですか!」と、
仲道は少し不審な顔をしながら紀子に酌をした。自分のお猪口には酒だけを形ばかり入れて飲もうとはしなかった。
社長と同席で酒など飲むべきではないと固く自己を律しているかの様である。
「実はね、仲道さん。本当の事を言うと母の為と言うよりは自分の為に思い悩んでいるの…」
「それはどう言う意味ですか?」
「母が居なくなった後の自分の寂しさに耐えられるか、そんな馬鹿な事を考えていたの。私って自分勝手で嫌な女でしょう…」
久しぶりに飲む日本酒が、心身共に疲れ果てていた紀子を普段以上に饒舌にした。
「いゃあ社長のお気持ちは、とても分かります。失礼ですが、社長のご年齢としては相当に頑張ってお出でです。義父さまの葬儀から墓作りそして、お母様の今回の奇禍と…一人の女性では、とても持ち切れない荷物を必死に背負っていらっしゃる。
特にお母様の事は社長が可哀想で見ていてもお労しい」
酔うほどに紀子の心が寂しくなる。
「仲道さん、お願いだからその
社長、社長って言うのは止めて下さる。今は母を慕う愚かな娘として自分を見つめていたいの…」
次回に続く
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